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『マリー・アントワネット』

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年12月24日 21:51
  • 日記

久しぶりの帝国劇場。忙しい友人A氏の代打ってことで急遽行かせてもらってしまった。真正面の前から10列目辺りになる場所で、「いい席」である。同行者いわく「取れた中で一番良い席」なのだそうだ。さもありなん。

『マリー・アントワネット』は、もちろんあの悲劇の王妃アントワネットだ。年明けにはソフィア・コッポラがベルサイユ宮殿でロケしたという同名の映画も公開されるが、やはりこの人ほど愛され、憎まれ、天国から地獄へ叩き落とされ踏みにじられ死んでいった歴史上の人物ってのはいないんだろう。しかも彼女はある意味、歴史上の脇役であるはずの「王妃」だ。「王」ではない。それがフランス革命においては敵役として立派な主役に祭り上げられてしまったのは、これは確かに恣意的なものがあったと想像したくなるのも無理はない。今回のミュージカルではカリオストロ伯爵が黒幕として狂言回しの役を勤めさせられているが、そうであっても全然不思議はないのだ。いや、それにしても池田理代子って人はすごかったと、アントワネットものの話を読んだり見たりする度に思う。

で、肝心のミュージカルだが、芝居としては面白かったけどミュージカルとしては喰い足りなかった。もっと聞かせどころがたっぷりしてて欲しい。せっかく唄える人が揃ってるいいキャストなんだから。笹本玲美のマルグリットが健気さ、必死さが出ていて好演。高嶋政宏のオルレアン公ははまり役だろう。この人って芝居うまかったんだ!と驚いた。カリオストロは山口祐一郎なのだが、体格の大きさと声の深さ、迫力という点からは、彼以上のカリオストロは望めまい。土居裕子のシスター役も素晴らしかった。フェルゼンの井上芳雄もいい(というか、かわいい)。涼風真世のアントワネットは、正直なところ前半を見ている限りは彼女である必然性がまったくわからなかった。やり過ぎな程の過剰な驕慢さ、軽薄さを演じていたからだ。しかし後半、革命により囚われの身となってからギロチンにかけられるまでのアントワネットの存在感ときたら。あの静かな激しさの演技は素晴らしい。

いやー、堪能した。帰ってからブログまで読んじゃったくらい。本当にありがとうございました。

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