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歌舞伎 Archive

御名残三月大歌舞伎 第二部

  • Posted by: ひろむ
  • 2010年3月14日 23:56
  • 歌舞伎

いよいよ来月までとなった現歌舞伎座での興行は、最後の2ヶ月が激混みを予想しての三部制である。職場で「一度でいいからなくなる前に歌舞伎座内に入ってみたい!」という希望の人がいて、今日は生歌舞伎初体験の彼女と一緒に行った。開演は午後2時半からだったので、2時過ぎにさっさと入って1階から3階までを文字通り駆け足で案内し、いろいろと喜んでもらえたようなところで開演となった。

この第二部は2演目だけ。最初は『菅原伝授手習鑑 筆法伝授(すがわらでんじゅてならいかがみ ひっぽうでんじゅ)』だ。今月は『菅原伝授手習鑑』でもなかなか見ないこの話と『道明寺』が出ていて面白い。仁左衛門が菅丞相をクールに気高く演じれば、武部源蔵を梅玉が好演、希世が東蔵でこれまた下品にならずユーモラスに嫌な奴を演じている。初めて見たが、久しぶりに借りたイヤホンガイドの解説のおかげもあり、とても面白かった。

休憩は15分だけで、お土産物の売り場をぐるっと回っただけで終わってしまった。しかしその時点で同行者からは「面白い!来月も来たい!」のお言葉が出てくれて、連れてきて良かったと感動。その場で来月分の彼女のチケットを手配したのだった。後になって、これが大正解だったのが判明する。なぜならば、この時点ではまだ一般発売前日だったので取れたのだが、四月分は一般発売が始まった日に、全席売り切れたらしいのだ。歌舞伎会の会員で、ほんっとに良かった。

さてもう一つは『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』で「浜松屋」と「稲瀬川」だ。説明不要の楽しさ。弁天小僧はもちろん菊五郎、南郷力丸が吉右衛門で、日本駄右衛門が幸四郎、忠信利平が左團次、赤星十三郎が梅玉。浜松屋のせがれで菊之助が出演していて、しみじみ豪華キャストと溜め息が出る。吉右衛門の南郷力丸が予想外に良くて、このところ私の中の吉右衛門評価は上昇傾向だ。第一部の石川五右衛門もやっているらしいので楽しみ。

新春浅草歌舞伎 第一部

  • Posted by: ひろむ
  • 2010年1月24日 23:40
  • 歌舞伎

今日もお年玉御挨拶は愛之助。狙ったわけではないが、今年は縁があるのかな。

最初は曽我もので『正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)』という舞踊。亀治郎が曽我五郎、勘太郎が朝比奈。滑稽味のある踊りを勘太郎がうまく勤めている。対する亀治郎の武者ぶりも良い。気持ちよく見始められる感じだ。

お次ぎは『元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿(げんろくちゅうしんぐら おはまごてんつなとよきょう)』。片岡仁左衛門監修だそうで、綱豊卿は当然のごとく愛之助。頑張っていたよ。お喜世が七之助でいい感じ。新井勘解由を男女蔵だったのだが、2週間前より更に顔が削げて見えてびっくり。でも、ちょっと格が足りない感じ。綱豊に教えている先生のはずなのだけど、位負けしてしまってる。亀治郎の富森助右衛門は良かった。綱豊と二人のやり取りは緊張感溢れてぐっと引き込まれる。飽きずに楽しめた。

『忍夜恋曲者 将門(しのびよるこいはくせもの まさかど)』では七之助が傾城如月、実は滝夜叉姫で、打って変わった妖しの役。対する光圀は勘太郎で、兄弟二人の真剣勝負だ。古御所が屋台崩しで壊れている場面もあって、なかなかにスペクタクル。蝦蟇がかわいくて笑っちゃったけど。

このメンバーになって10年目の浅草歌舞伎。今年も楽しうございました。

初春花形歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2010年1月17日 23:09
  • 歌舞伎

今月は忙しいので、新橋演舞場は夜の部、『伊達の十役(だてのじゅうやく)』に絞って観劇。「慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)」と付いているだけあって、とにかく主役は走り回り早変わりしまくる大変な芝居だ。猿之助の演出だが、これを海老蔵が教えてもらって頑張った。

話の中身は「伊達騒動」、つまり『先代萩』なのだけども、とにかく眼目は早変わり。海老蔵は仁木弾正、赤松満祐の霊、細川与右衛門、足利頼兼、土手の道哲、腰元・累、傾城・高尾太夫(その霊)、政岡、荒獅子男之助、細川勝元という十の役を変わるわけだが、いやまあ見事なもんだ。早変わりを見てるだけでも十分楽しい。しかもちゃんと足利奥殿の場もあって、しっかりと話も見せている。いい芝居立てだなあ。

もともとは成田屋の芝居だったのがずっと昔に絶えて、それを猿之助が復活させたらしいのだけど、またそれを自分でもやりたい!と行く海老蔵も、いいんじゃないのとやらせる團十郎も、教える猿之助も、皆すごいよ。こうやって「歌舞伎」全体を皆でつないでいくんだね。歌舞伎界の強い絆を見せてもらった気がした芝居だった。

新春浅草歌舞伎<着物で歌舞伎>

  • Posted by: ひろむ
  • 2010年1月10日 23:57
  • 歌舞伎

毎年恒例の「着物で歌舞伎」の日は、今回も第二部の演目で。これをとっても楽しみにしている母と一緒に行ってきた。座席は9割方着物で、着物じゃない人はちゃんと半纏を借りて着ていたので、本当に壮観。お年玉の年始挨拶は愛之助だった。質問コーナーがまるでファンクラブイベントのノリだったのは御愛嬌だろう。

しかし今年の第二部の演目は、正月早々にそれを演らなくてもの『奥州安達原 袖萩祭文(おうしゅうあだちがはら そではぎざいもん)』。これ暗いんだよね...。勘太郎が袖萩と、その夫である安倍貞任を二役で頑張っていた。袖萩は盲目の設定なので、目を閉じたまま演じるのだけど、それだけでも難しかろうにそのまま三味線を弾き語る場面まである。違和感を感じさせず、わざとらしくもなく、説得力を持って演じていたのはさすが。子役がめちゃくちゃ達者でかわいかった。男女蔵が父・直方で老け役に挑戦。なかなか渋くて良かったが、去年と比べてすっかり痩せてて驚いた。ダイエットしたのか?別人のようだ。母・浜夕役の歌女之丞はいい芝居。安倍宗任の愛之助は、まあまあかな。ちょい役だから仕方ないか。

第二部は2演目だけなので、なのか、打って変わっておもしろおかしく『悪太郎(あくたろう)』。猿翁十種の内と付いてるだけあって、もちろん指導は猿之助。酒癖の悪い悪太郎を亀治郎、絡まれる不運な修行者を亀鶴、どうにか悪太郎を懲らしめようとする伯父と太郎冠者を愛之助と男女蔵がそれぞれに好演。特に亀鶴の修行者は品も良くて人も良さそうですごくいい。楽しませてもらった。

そしてこの日ばかりは芝居の後にも少しばかり御挨拶があるのも恒例。皆さん勢揃いで嬉しいね。勘太郎は新婚ネタでいじられてた。当然か。

壽初春大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2010年1月 9日 23:54
  • 歌舞伎

2010年の初歌舞伎は、歌舞伎座の夜公演。なんせ1月は歌舞伎座、新橋演舞場、浅草公会堂、国立劇場で歌舞伎が計7公演も上演されていて、観劇する側としてもスケジュールを組むのが大変だ。全部は行けないので、いろんな付帯要素を加味して調整したので、とにかく今日が初観劇となった。

幕開けは『春の寿(はるのことぶき)』。ちらしを見た時から不安だった雀右衛門丈はやはり休演で、魁春が代役として女帝を勤める。梅玉の春の君と福助の花の君、若手達の従者がめでたく華やかに舞い踊り、お正月らしい舞踊。

続いて『菅原伝授手習鑑 車引(すがわらでんじゅてならいかがみ くるまびき)』で、芝翫が桜丸、吉右衛門が梅王丸、幸四郎が松王丸。芝翫の小ささが目立つが、口跡は一番きっぱりとしていてさすが。錦之助の杉王丸がやけに若やいで見えた。

『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』は道行より押戻しまで。押戻しに團十郎が出るのが正月ならではの御馳走か。勘三郎の白拍子は美しく佳い舞だったのだけど、前席に野球帽みたいなのを被った男性が座っており、彼の頭が邪魔であまりよく見えなくて残念。どうにか避けて見ようと努力するのに気を取られて楽しめなかった。

最後は『与話情浮名横櫛(よわなさけうきあのよこぐし)』で、見染の場と源氏店。染五郎が与三郎を頑張っていた。甘いお坊ちゃんが抜けきれない与三郎としてはまってたと思う。お富は福助。蝙蝠安の彌十郎が素晴らしくて、芝居を面白くしていた。歌六の和泉屋多左衛門は貫禄。

十二月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年12月26日 23:42
  • 歌舞伎

今年の歌舞伎納め。最初は『操り三番叟(あやつりさんばそう)』で勘太郎の達者な人形振りと、息を合わせた松也の人形遣(後見)っぷりを堪能。出番はちょっとだったが鶴松の踊りもなかなか。

『野崎村(のざきむら)』はいつぞや人間国宝そろい踏みで見て以来で、やっと若いのが見られた感じ。福助のお光、孝太郎のお染は予想通りにいい出来だったが、意外と良かったのが橋之助の久松。久松は優男で事件の中心人物だけど、芝居の中では決して出しゃばる役ではない。でも優男ぶりがわからなければ、お光にもお染にも同情できないので、そこのところがすごく難しいんじゃないかと思う。その案配が良くて、いい久松だった気がする。こんな役も出来るんだなあと感心してしまった。彌十郎の久作も、しっかりしてて良かった。

『身替座禅(みがわりざぜん)』は勘三郎の右京と三津五郎の玉ノ井に、染五郎が太郎冠者で頑張るという顔合わせ。染五郎、しっかり勤めていて一安心。右京と玉ノ井のやりとりの方が面白いのは仕方ないか。役者が違うもの。巳之助と新悟が千枝、小枝で好演。

『大江戸りびんぐでっど』はゾンビものの新作。「さよなら公演」で各々の月が御馳走のような演目を並べてる中にただ一人新作を掲げねばならなかった宮藤官九郎には大いに同情する。見ていると、彼らのような小劇場派と呼ばれる劇作家さん達は、自分のやり方を変えずに歌舞伎に挑んでしまい、いわゆる「新作歌舞伎」と以前から呼ばれるモノたちとは違うモノになってしまうんじゃないだろうか。自分のやり方+歌舞伎らしく見せるための集団踊りなど、のおかげで何だかちぐはぐなものが出来上がってることが多いような気がするんだよな。「歌舞伎は伝統的に流行物を取り入れているから」という理由で流行ものを入れるのもどうかと思う。一回使い捨てと思って書いているならそれもいいけど、本当に歌舞伎として残そう、再演に耐えるものにしようと思って書いてるのだろうか。たぶん一番それを考えて取り組んだのは野田秀樹じゃないのかな。賛否両論あるだろうけど、『鼠小僧』も『愛陀姫』も『研辰の討たれ』も、たぶん再演には耐え得るし、改良されていけば残っていく可能性がある演目だと思う。ま、中村屋一門以外が演じるかどうかはおいといて、だけど。

しかし、今回のクドカン作品は楽しんで見られた。導入部分やややり過ぎな感はあったし、集団踊りはどうしてもやりたいのかねぇと思ったがそれも今回はうまく流れに取り入れていたように見えた。今日は千秋楽だったから、それまでにはだいぶ練られたのだろうと思うけれども、大笑いさせてもらえたし、ほろっとするところもあった。少なくとも、金返せとは言わない。ただ、歌舞伎?とは思う。主演した染五郎がカーテンコールで「これは歌舞伎です!」と叫んでたけど、叫ばれても首はひねってしまう。じゃあ何が歌舞伎だ、と言われても困るのだけどね...。でも、楽しめる芝居、だったよ。

花形歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年11月23日 23:54
  • 歌舞伎

今月はまた『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』の通しが新橋の昼の部にかかっているので、ぜひこちらを見たいと初日のチケットを取っていたのだが体調不良で行けずに終わった。どうもこの演目には縁がない。悔しいので夜の部はしっかり見て来た。3日前に取って2階席の右列。花道もたっぷり見えるいいお席だった。3階席は売り切れのようだったが、2階席と1階席はまだかなり空席が目立っていた。もったいない。

夜の部は通し狂言『三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)』。通しで見るのはコクーン以来2年ぶり、歌舞伎としては5年ぶり。「大川端(おおかわばた)」だけならかなりの回数を見ているはずだが、通しではまだ3回目だ。初回も2回目も素晴らしい舞台だった。しかし今回も負けてはいない。正統派という意味では、これほどいい顔合わせもないんじゃなかろうか。お嬢吉三が菊之助、お坊吉三が愛之助、和尚吉三が松緑。菊之助はもちろん見事なはまりっぷり。愛之助は上方役者でこの江戸歌舞伎にどう臨むかと思っていたが、かっこよくて甘い見事なお坊っぷりだった。仁左衛門がはまってることを思えば、心配するまでもなかったか。この二人で見つめ合う吉祥院の場はうっとりするような妖しさだった。松緑は頑張りすぎるぐらい頑張っていたが、一部では声が割れてしまって残念だった。年回りの良さからか、なんともいい舞台で、三人の心情がリアルに迫って来た。もちろん脇を固めた伝吉の歌六、久兵衛の澤五郎などのベテランあってこそだろうが、これがまたいい具合の絡みっぷりで。正統な芝居というのは、こうやって若手に受け継がれていくのだなあ。

もう一つは猿之助演出の『鬼揃紅葉狩(おにぞろいもみじがり)』を、亀治郎が真っ向勝負で大健闘だ。スーパー歌舞伎を観たことない身で言うのも何だが、この演出をする人なら、スーパー歌舞伎を作り出しても納得できるという面白さだった。踊りそのものは亀治郎も愛之助も松緑もまったく問題なし。他の面子も吉弥、松也、梅枝、巳之助、右近、隼人、亀寿、種太郎という超若手ばかりで華やか。皆よく揃って頑張っていた。それにしても、亀治郎という人の賢さが今後の歌舞伎界でどう活きてくるのかが興味深い。楽しみ。

吉例顔見世大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年11月22日 23:30
  • 歌舞伎

yagura.jpg顔見世興行は『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』を昼夜通しで公演。これを一日で見るのは体力がいるなあといつも思うのだが、これまでは頑張ってそうしていた。でも今年はすごく無理な気がして、かなり考えた。最終的に、通しでチケットを確保して、「大序」と「三段目」を見ないという方策を取ってみた。鮒侍のところを見られないのは残念だが仕方ない。

というわけで、昼の部は「四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場 同表門城明渡しの場」からを観劇。塩冶判官は勘三郎、力弥が孝太郎、石堂右馬之丞が仁左衛門、薬師寺次郎左衛門が段四郎、斧九太夫が錦吾、由良之助が幸四郎、顔世御前は魁春。顔見世に相応しいオールスターキャストだ。ここから見ただけでも十分に緊迫感があって楽しめた。特に魁春、錦吾の若々しさ、孝太郎の初々しさが際立っていた。勘三郎の判官は去年の平成中村座より良かった。由良之助が城から徐々に離れていく時の舞台の工夫は、ここでの見所の一つだが、今回は表門が斜めに引っ込んでいく趣向となっていて、これがまた良かった。歌舞伎座の舞台は奥行きがあるからこそなのだろうが、遠ざかる城を振り返る由良之助の万感の思いがよく伝わった。

「浄瑠璃 道行旅路の花聟」は勘平が菊五郎、お軽が時蔵。安心して見ていられる組み合わせなのだが、この踊り、どうしても「吉野山」と被っている印象が拭えない...いや、きれいだったが。

一休みの後、夜の部は「五段目 山崎街道鉄砲渡しの場 同二つ玉の場」からだ。勘平は引き続き菊五郎、千崎弥五郎が権十郎、斧定九郎は梅玉。梅玉がちゃんと「水も滴るいい男」に見えるとこがすごい。そのまま「六段目 与市兵衛内勘平腹切の場」で、お軽は時蔵、おかやが東蔵、お才が芝翫、源六が左團次、不破数右衛門が段四郎。ここでの段四郎、薬師寺とは180度違った不破を余裕の名演。かっこいい。菊五郎の勘平は、若気の至りの悲劇を余すことなく伝えて美しい。うーん、お腹いっぱいになってきた。

「七段目 祇園一力茶屋の場」は由良之助が仁左衛門、お軽は福助、寺岡平右衛門が幸四郎、力弥が門之助、斧九太夫は引き続き錦吾、鷺坂伴内が松之助。仁左衛門の由良之助は平成中村座でも見ていて、それがすごく良かった印象があるだけに今回は「こんなもん?」て感じがしてしまった。悪いわけじゃないんだけど、普通。福助のお軽は平右衛門との絡みが、兄を振り回す可愛い妹の甘えがよく出てて良かった。しかし平右衛門は幸四郎ではちょっと重いというか、貫禄があり過ぎな気がしてしまった。こうして振り返ると、去年の平成中村座のは、すごくバランス良かったなあ。

最後は「十一段目」で討入りから引揚げまで。ここで特筆すべきは引揚げの時の舞台美術だ。橋の向こうから四十七士が引き上げてくるのだが、舞台中央に大きく作られた橋を向こうから上って下りて、梅玉の服部逸郎に声をかけられた後、しばらく橋の上にずらっと並んでいるのが見栄えとしても演出としても秀逸だった。そして順番に橋を下りて道を変えて花道を引き上げる一行...なんとも心憎いばかりの演出。歌舞伎座の舞台、という大きな空間を存分に使った巧さだ。そして幕。やはりいい芝居だなあ。

九月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年9月22日 23:57
  • 歌舞伎

歌舞伎座さよなら公演、平成22年4月興行まであと221日。今月は夜の部のみ。

まずは『浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま)』で幕開け。「鞘当(さやあて)」は初めて見るかも。「鈴ヶ森(すずがもり)」は単独でかかることも多いので何度か。今年は四世鶴屋南北の没後180年だそうで、芝居の中でもそれに言及する台詞を入れてあった。

「鞘当」は不破伴左衛門と名古屋山三という敵同士の渡り台詞と、その喧嘩を仲裁する茶屋女房の説得で、とにかく型と台詞で楽しませる。松緑と染五郎の喧嘩を芝雀が止めるのだが、松緑ってこんなにいい声してたかと驚くほどの朗々とした台詞回し。思わず聞き惚れる。片や染五郎は、後の芝居との演じ分けもあってか、いまいちな感じ。芝雀はきりっとした茶屋女房がよく似合ってて良かった。

吉右衛門の幡随院長兵衛、梅玉の白井権八で「鈴ヶ森」。今月の吉右衛門はなんだか楽しそうで良い。この芝居では大らかで余裕のある親分さんを好演。梅玉のすっきりした若侍ぶりもなかなか。立ち回りのユニークさは、いつ見ても面白い。

「七代目松本幸四郎没後六十年」と付けられた『勧進帳(かんじんちょう)』。弁慶が幸四郎、富樫が吉右衛門の兄弟共演で、更には義経が染五郎という由縁の勢揃いだ。こういう顔合わせは、狙っては見ないけど見られるとラッキーと思う。たぶん演じている方も特別な思いになるだろうから。口舌の良さでは富樫に軍配か。

最後は『松竹梅湯島掛額(しょうちくばいゆしまのかけがく)』で、「吉祥院お土砂(きっしょういんおどしゃ)」「櫓のお七」。「お土砂」の紅長を吉右衛門が演じているのだが、初めていい役者なのだと実感した。これまでこういう役を演じているのを見たことがなく、吉右衛門と言えばテレビの時代劇と歌舞伎の重苦しい固い武士役ばかりがイメージにあった。このコミカルな芝居で、話の中心にいるお七を活かして、場をうまーく盛り上げて、全体をバランスよく動かす紅長のような役がここまではまるとは。すごい。おかげでとっても楽しめた。お七は福助、吉三郎が錦之介。初めて「櫓のお七」を見たのが福助の時だったかなんてことを思い出しつつ見ていた。人形振りは好きなので楽しみにしていたのだが、文楽を見たことない人が見ると笑っちゃうらしい...どうしてそこで笑う?という箇所で笑いが起こっていた。何が可笑しかったのかがわからなくて残念。

「現在の歌舞伎座がなくなる前に一度くらい」という人達が、途中で出入りしてしまうこと。3階席だから余計にそうなのかもしれないが、一番ひどいカップルは最後の演目が始まってから来て、半分を過ぎた頃には出て行った。以前と違って、幕が開いてからもざわざわが静まらない。高らかに携帯電話の呼び出し音が鳴る。中学生くらいの2人は静かにはしていたが、前のめりになりすぎていて、さすがに並びに座っていた男性に注意されていた。私の斜め前の女性も前傾姿勢がひどく注意しようかどうか迷ったが、かなり端の席だったので結果として彼女が前傾になっててくれた方が舞台の中央が見えるので放置した。あと7ヶ月、14公演。全部は無理だろうけど、せめて気持ちよく見られるといいな。

桜姫

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年8月 2日 23:50
  • 歌舞伎

気がつけば8月。シアターコクーンへ『桜姫』を観に行った時にはまだ7月だったはずなのだが...確か7月28日夜の部だ。終演後の舞台挨拶は予定されてなかったそうなのだが、6月に現代版でマリア(桜姫)を演じた大竹しのぶ女史が観劇に来ていたので、その紹介と短い挨拶があってラッキーだった。大竹しのぶ、頭ちっちゃい。女優さんて体のパーツの作りが一般人と違うんじゃないだろうか。すぐ近くに座っていたのでマジマジと見てしまった。

さて『桜姫』。前回2005年は福助がすごく良かったのだが、今回の桜姫は七之助である。若い。どう考えても、周りの面子から思えば存在感が薄くなりそうな、喰われてしまいそうな心配をしてしまう。相手役は父・勘三郎。しかし『桜姫東文章』なら、やはり主役は桜姫であるべき。どんな芝居になるんだろう?

...七之助の芝居だった。素晴らしかった。コクーン歌舞伎なので、舞台装置の工夫、脚本の工夫、音楽の工夫、照明の工夫などは、ある意味「あってあたりまえ」になっていて、そうそう何が出ても驚かない。実際、今回はこのところ中村屋が凝っている「羅漢席」もどきが舞台後方2階部分までぐるっとあったり、台車に乗ったままの芝居部分があったり、説明部分を笹野高史演じる見せ物師が喋くったりしてくれる。音楽はオペラが最初と最後で使われていた。演出としては、ほんの短時間だけ勘三郎が橋之助と入れ替わって権助を演じた部分があって、おやと思ったら後のシーンで声色だけ勘三郎を被せて昔の罪業を喋らせていて、なるほどそのためかとわかったり。(歌舞伎では、酔った権助が自分でぺらぺら喋るのだが...幽霊が無理に喋らせたとする方が理解し易いとの判断?)。それと権助が殺された直後の清玄、権助の兄弟がどちらも亡霊となっている場面はともかく、吉田家を再興した桜姫を寿ぐ場面でその二人の幽霊がもがいているのは余計だった。そんな小手先の細工みたいな演出は要らない。そこまで芝居が行き着いている時点では、見ている者としては、そんなことより七之助、である。

7月の最初の頃、舞台が始まったばかりの頃に、彼がどんな芝居をしていたかは知らない。私が見たのは楽日の前々日だ。そこまで、自分より明らかに格上の、ベテランの、うまい、役者達に囲まれて一ヶ月。彼がきっと日々成長したのであろうことは想像に難くない。気品があり、でも浅はかでもあり、時に凄みもあり、色っぽくもあり、かわいくもありの、本当に素敵な桜姫だった。女郎に売られて蓮っ葉な言葉を仕込まれて、それでも姫は姫という品が保てていて、最後の場面の御家再興も無理なく納得。もちろん勘三郎、橋之助、扇雀、彌十郎などがしっかりと支えてこそ、活きることではあろう。それでも、この芝居は桜姫が魅力的でなければ面白くもなんともない。そして七之助の桜姫は魅力的だった。これは七之助の芝居だ、と思わせるに十分だった。

そして桜姫に取り憑く清玄だが、この人がどうしてそこまで姫に思いいれるかが、実は今回の芝居を見るまでは納得できたことがなかった。例え自分が昔心中し損ねた相手の生まれ変わりだとしても、現在の自分と姫との間にはほとんど交流は存在していなかったはず。なのに幽霊になってまで付きまとうか?その最大の、というかほとんど話の根本に関わる設定が、今回初めて腑に落ちた感じだった。序幕で、思い切りよく飛び込んで死んでしまう白菊丸と「一緒にって言ったのに」と残されて嘆く清玄。そこから川原でさらし者になりながら、聖職者である身を脱ぎ捨てるのに道理を逸脱していく清玄までが、距離がなくて理解し易かった。弱さが無理をして論理を破綻させ、破綻した論理を繕うために生じた無理が妄執になっていくような。そこに兄弟の因縁や吉田家との因縁が絡んで、すごくキレイにクモの巣が形成されていくのを見た気がした。前月の現代版と相通ずるものとして七月の芝居は作られているそうだから、現代劇としても納得しやすいようにしたのかもしれない。いずれにせよ、これは脚本の整理や演出だけでなく、清玄を演じた勘三郎の巧さもあってのことだろう。

いい芝居を観た、と言いたい。

七月歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年7月20日 23:06
  • 歌舞伎

歌舞伎は初めてという一回り下の友人と出かけた。少し早めに着いた彼女は、道路の反対側まで渡って写真を撮ったり、近づいて撮ったりと、なかなか楽しんだ模様である。建物の中もゆっくり見せてあげたかったのだけど、なんせ休憩時間が1回あるだけだったので超駆け足になった。それでも、開演前と休憩で主なところは見せられて良かった。来年4月までにもう一度一緒に行けるかな?

さて、今月は昼夜ともに2演目ずつ。夜の部は海老蔵が団七の『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』。徳兵衛に獅童、お辰に勘太郎、三婦が猿弥、磯之丞が笑也、琴浦が春猿。海老蔵と獅堂、二人ともイマドキな体型で足が長過ぎて、出会いの場の座ってる姿が間抜けに見える。海老蔵が「こんぴら歌舞伎」、今回と勘三郎に指導してもらって曲がりなりにもきっちりと団七をやっているのに対し、獅童の徳兵衛が型もこなせてなくて違和感がありすぎ。コクーン歌舞伎、出てたよねぇ、役は違うけどさ。あれだけ近くで橋之助の演技を見てたのに、と思ってしまった。義平次の市蔵が素晴らしかった。

40分の休憩後、お待ちかねの『天守物語(てんしゅものがたり)』。昭和52年からこの演目を演じ続けている玉三郎にとってはほぼ30年に渡って取り組んで来た芝居だ。私が初めてみたのは10年前で、3年前にも見ているが、毎回毎回いろんな工夫が重ねられて違うようになっていて、進化し続けている良い芝居だ。今回は亀姫が勘太郎とのことで、美しく怪しい姫君達のやりとりなのに...と不安を覚えていたのだが、杞憂であった。十分に美しく怪しい雰囲気をたたえた亀姫だった。門之助の舌長婆ははまっている。朱之盤坊が獅童で、これはここまで変な役だと却って面白がって演れている感じ。図書之助は当然のごとく海老蔵で、美しい若衆っぷり。ビジュアル的にはやはり玉三郎、海老蔵の組み合わせは美しい。近江之丞が我當で、雰囲気ぴったり、そのものだった。しかし、この演目、玉三郎の後を継いで演じられる役者が出るだろうか?

NINAGAWA十二夜<凱旋公演版>

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年6月27日 21:34
  • 歌舞伎

2005年7月に初演だった『NINAGAWA 十二夜』だが、評判が良くて何度かの国内再演をしていた。そしてこの春には、なんとロンドンはバービカン・シアターで公演を行い、新橋演舞場の六月大歌舞伎はその凱旋公演である。初演の時と大きく異なるのは三幕構成から二幕構成に変えたこと。これで冗長さがなくなり、ぐっとメリハリが効いて見易くなったんじゃないかと思われる。他にも踊りの部分やら何やらいろいろと手を加えたというのはインタビュー記事などで読んでいたが、実際に見ないとどう面白さがアップしているのかはわからない。あまり気になったので、急遽チケットを確保して見に行ってきた。

全体のテンポはすごく良かった。特に後半はたたみかけるように進む。舞台美術は初演から変わらず鏡を使ったスタイルで、移り込む登場人物や灯り、客席が美しい。回り舞台をめいっぱい利用した場面転換では、主要人物にピンスポットがあたり周囲をライトダウンすることで、それまで動いていた人物達が人形になって箱庭に入っているかのような印象を与え、それがまた美しい。1階席から見た場合にどうなのかはわからないが、3階席から見る分にはものすごく良い効果だった。ハープシコードの音色はこの美術にとてもよく合う。二幕構成にした弊害は、琵琶姫の兄である主膳之助の話が、ちょっとわかりにくくなったことか。ないと困るけどありすぎても冗長になるので、バランスとしてはこんなものかと思わないでもないけれど。

衣装の色も、たぶん初演時とは細かく違っているようだ。例えば時蔵の織笛姫が赤姫なのは変わらないが、通常の赤姫の衣装の上にワインレッド(臙脂色?)の重ねをまとっており、これが頑固でもあり兄の死を悼む妹でもある姫に重みを加えている。今回は翫雀がやっている安藤英竹は薄紫色の衣装に真っ赤な木靴で、品の良さとおかしみを同時に醸し出している。

役の工夫は、ものすごかった。翫雀の安藤英竹は「ぼく」という言葉に強いアクセントを置く独特な喋り方で、さらには英語も交えての台詞運びで笑いを誘う。左團次の洞院鐘道は性悪なところがなく、ただ面白おかしく暮らしたいような感じに見え、亀治郎の麻阿とのアツアツっぷりがかわいらしかった。そしてやはり特筆すべきは麻阿だろう。初演時にもなんてすごいはじけっぷりと思い、亀治郎が一皮むけたと感じたものだが、今回は更にパワーアップしている。コミカルな場面、脇の主な筋でもある棒太夫を罠にかける部分については、とにかくこの人がひっぱっている。ただ筋をひっぱるだけでなく、共演者を乗せ客席を乗せ、やりすぎるギリギリ手前で踏み留まっているバランスの良さ。さすがである。おかげで菊五郎の棒太夫/捨助など、すごくいい演技をしていて面白かったり深かったりしているのに、最も強く印象に残るのは麻阿だ。とは言え、再演を重ねてきたおかげかアンサンブルとしても非常にバランスがいいので、主筋が霞むことはないのだけれども。

今月の筋書きに小田島雄志が寄せているように、歌舞伎とシェイクスピアには共通する点が多いとは、昔から言われていることだ。だけど歌舞伎にシェイクスピアを取り入れて成功したのは、この演目が初めてだろう。蜷川幸雄という希代の名演出家の介在なしには、成功もなかったかもしれない。歌舞伎と現代劇とシェイクスピアの、幸せなマリアージュだったと言える。この秋には国立劇場で『テンペスト』を文楽としてやるそうだが、柳の下に二匹目のドジョウはいない。確かに『テンペスト』なら「人形劇」向きではあるが、歌舞伎での取り組みとはまったく別物だろう。間違っても下手な『児雷也』みたいにならないことを祈る。

六月大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年6月21日 21:52
  • 歌舞伎

090621_1641~01.jpg今月の歌舞伎座は、夜の部で松本金太郎、つまり染五郎の息子で幸四郎の孫の初舞台がある。親子三代揃い踏みを見たいというファンが押し寄せて、夜の部直前の歌舞伎座前では一幕見席の列が道路まで延びていく勢いだ。しかし私のお目当ては、昼の部の親子三代揃い踏み、片岡仁左衛門、孝太郎、千之助だ。仁左衛門一世一代の『女殺油地獄(おんなごろしあぶらじごく)』の与兵衛、お吉を孝太郎、お吉の子を千之助。楽しみにしてきたが、生憎の雨模様。しかし演目には似合った天気かもしれない。

昼の部は11時開演、15時45分までという長丁場で、大阪出張から帰って来た疲れが取りきれてない身にはつらかろうと思い、『正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)』『双蝶々曲輪日記 角力場(ふたつちょうちょうくるわにっき すもうば)』は思い切ってパスした。福助と梅玉の舞踊もの、『蝶の道行(ちょうのみちゆき)』から見る。舞台冒頭、いきなり暗闇を2羽の蝶々がきらきらと飛び交う。客席に失笑が...いらないんじゃないか?そもそもこの舞踊は先にある粗筋を知らないとよくわからないのだけど、まあ、飽きずに最後まで見られたのは踊り手2人の力量ゆえだろう。

そしてお目当ての『女殺油地獄』。本人が「もうやらない」と言っていたのを、歌舞伎座さよなら公演へのリクエストで「一世一代」と銘打っての最後の与兵衛なのだ。最も私は初めて見るのだけども、この演目。これまでどうも縁がなかったのだけど、一度は見たい演目だったので、それを仁左衛門で見られる最後の機会に恵まれた。すべりこみセーフって感じである。期待して当然だろう。もちろん期待は裏切られることなく、むしろそれ以上であった。御本人が固辞していた理由は、与兵衛が「若い」役だから自分にはもう似合わない、であったそうだが、なんのなんの。20代の我が侭な放蕩息子、手のつけようのない甘ったれの不良そのもの。また孝太郎がきっちり対等に演りあっていて、素晴らしい。秀太郎のお沢、歌六の徳兵衛もしっかりと脇を支え、良い芝居を作り上げていた。本当に、見られて良かった。

ただ惜しむらくは凄惨な油まみれの殺し場で客席から笑いが起こっていたこと。笑うような場面ではないし、決してコミカルに見える芝居をしているわけではない。それでも笑いが起こるのは、テレビのお手軽なお笑い番組等のせいで「滑って転ぶ姿は滑稽なものだから笑うもの」という刷り込みがなされている世代がいるからじゃないだろうか。実際のところ、徐々に笑い声は減っていき、最後はどんなに滑っていても笑い声はちらとも起こらなくなっていった。その場面の本質的な意味をきちんと受け取れていれば、そもそも笑いは起こらないだろう。パターン認識の恐ろしさ、とでも呼ぶべきだろうか。そんな表面的な見方しかできない観客ばかりになったら、歌舞伎だけじゃなく、舞台芸能そのものが浅薄になっていってしまうんじゃないだろうか。ちょっと心配になってしまうよ。

五月大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年5月 4日 22:15
  • 歌舞伎

久しぶりの歌舞伎座。昼の部は『暫(しばらく)』で幕開けだ。今月は昼と夜のどちらを見るかと考えた時に、この演目があるので昼にしたのだ。歌舞伎十八番の演目は、なんとなく見るだけで厄落としになりそうなので。あの成田屋のぎろっとした目がそんな気にさせるんだろうけど。実際、成田屋の「睨み」を浴びれば病気にならない、ということだ。そう言えば前回この演目を見たのは海老蔵襲名興行初日だったよなあとしみじみ回想。海老蔵はその時と比べると、風格はあったけど、今日は声が裏返りまくっていた気がする。なまず坊主を翫雀、女なまずを扇雀が楽しそうにやっていて良い。

休憩30分の後は富十郎の『寿猩々(ことぶきしょうじょう)』と芝翫の『手習子(てならいこ)』の人間国宝舞踊2連続。お2人ともお達者で、と言いたくなるお歳なのだが、元気だよなあ。芝翫の時には後見をやっていた芝のぶの美しさに見とれてしまった。動きもミニマムでよい。

そして本日初めて見るので楽しみにしていたのが『盲長屋梅加賀鳶 加賀鳶(めくらながやうめがかがとび かがとび)』だ。最初の幕での加賀鳶の勢揃いが豪勢な面子だこと!三津五郎、菊之助、松緑、海老蔵、松江、男女蔵、巳之助、萬太郎、亀蔵、市蔵、権十郎、秀調、團蔵、左團次がずらっと並び、束ねる頭領が梅玉と菊五郎だ。この幕だけでも来た甲斐があるってもんだろう。菊五郎は二幕目からは悪役・按摩の道玄で、時蔵がその愛人のお兼という悪女なのだけど、これがまたいい感じで、ひどい話なんだけど楽しく見られた。最後の道玄と捕り手たちの立ち回りがユニークでユーモラス。

いい加減ここまで来ると疲れて帰りたいとこだが、最後は菊之助、松緑、右近で舞踊『戻籠色相肩(もどりかごいろにあいかた)』というので頑張って見る。菊之助が東の籠かき、松緑が上方の籠かき、右近が島原の禿。くだけた感じでゆったり見られる演目だった。

しかし今回は花道での見せ場が多い演目ばかりだったので、3階A席ほぼ正面は悲しかった。来月はちと考えよう。

新春浅草歌舞伎 第1部

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年1月25日 23:08
  • 歌舞伎

毎年恒例、1月のお楽しみとしてすっかり定着してしまった新春浅草歌舞伎。若手が大作に挑む意欲的なこの催し物は、新しい年の始まりを楽しむにはちょうど適当だ。今年は「着物で歌舞伎」の日が他のイベントと重なって参加できず、残念なことに第一部だけの観劇となったが、第二部もかなり良かったらしいので行けなくてほんっとに残念。

さて。気を取り直して、今日のお年玉御挨拶は勘太郎。熱愛報道とか出ちゃって、そろそろご結婚?とか言ってるけど、中村屋ファンなら以前から父君がネタにしたりしてて知ってることだから驚きはしなかったよな。ここ数年の彼の躍進を彼女が支えているのだとすれば、心からめでたいことだと思うし。挨拶は無難にユーモラスにこなしてた。

『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』で亀治郎が大蔵卿に挑む。しかも演じられるのが稀な「曲舞(くせまい)」をやるというから驚きだ。しかしこれ、期待したよりずっと面白い。脇を勤める亀鶴と男女蔵のうまさもあると思うけど、飽きずに最後まで引きつけた。普通は「檜垣茶屋(ひがきちゃや)」と「奥殿(おくどの)」が上演されるんだけど、今日見た限りでは面白いのは断然こっちと思う。他の人でも見てみたい。「奥殿」は常盤御前の七之助、吉岡鬼次郎の勘太郎、女房お京で松也が頑張る。いや、面白かったよ。はっきり言って、この演目を全部通して寝ずに見たのは初めてだったのだ。いつも寝ちゃうんで今回も心配してたんだけど、まったくの杞憂だった。それにしてもこの面子でやるのは9年目ってことだけど、成長したもんだね。嬉しいね。

もう一つの演目は『新古演劇十種の内 土蜘(つちぐも)』。中村屋ではやらない演目に勘太郎が果敢に挑戦。いい出来だった。勘太郎、ほんとにいい役者になった。胡蝶の七之助も頑張っていたが、源頼光の松也が光ってたように思う。皆の今年の活躍に期待だ。

初春花形歌舞伎(新橋演舞場)

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年1月17日 23:10
  • 歌舞伎

今年はまさかの獅童が、海老蔵と新橋で正月公演。集客力はあるんだろうけど、海老蔵と2枚看板に仕立てるとは、松竹、成田屋を舐めてるとしか思えない...よく成田屋が受けたもんだ。どうしようかと思ったのだけど、よりにもよって『封印切』の忠兵衛をやるというので、恐いもの見たさにチケットを確保した。

さて最初は復活した歌舞伎十八番『七つ面(ななつめん)』。祝いの舞らしく、七つの面を使って様々に踊り分ける海老蔵。最後の賑やかしは必要だったのか?あのまま1人で踊り納めても良かったような気もする。今後また変わって行くだろうから、それに期待。

 『恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい) 封印切』。八右衛門の猿弥が好演。これで忠兵衛が愛之助だったら面白かったのになあ...。獅童は、声が大きいのはいいとこだが、叫んでるだけに聞こえる。上方和事のじゃらじゃらは似合わなくって、無理すぎな感じ。なんかとっても卑屈な忠兵衛だった。門之助が合わせてあげてたけど、それで全体の質を下げちゃいかんだろー。せめて『毛抜』とかだったら...って思ったけど、成田屋と一緒の舞台でそれはないか。でも他に選択できる演目があったんじゃないのかなぁ。


『弁天娘女男白波(べんてんむすめめおのしらなみ) 白波五人男』は御存知浜松屋店先と勢揃い、最後の捕り物までしっかり見せてくれて楽しかった。こっちの獅童は悪くない。海老蔵は体格が良すぎて、どう見ても女装趣味のOKAMAさんのようだった。立ち回りはたっぷり見せてくれて、身体能力の高さも活かされてて堪能したが。

今回、獅童ファンが結構いたみたいで、普段の客層ならないだろうところで拍手が起きてて面白かった。まあ、新しいファン層の獲得を目論んだってことなら、しかたない人選だったのかもと思う。でも、たぶんこの舞台を見たら、むしろ海老蔵のファンになるんじゃないだろうか。余計なお世話か。

壽初春大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2009年1月 4日 23:16
  • 歌舞伎

いよいよ来年4月までで現在の歌舞伎座での興行は終わると発表され、今月からは「さよなら歌舞伎座」を合い言葉に豪華な面子が揃ってのおいしい演目が勢揃いだ。踊りだけ考えたって、昼の部には玉三郎の『鷺娘』があって、夜には勘三郎の『春興鏡獅子』があるんだもの。他は推して知るべし。どっちかはいい席で見ておきたい〜と悩むことしきりだったさ。この調子で毎月やられたら、お財布が痛いことこの上ないよ。でも行くけど。

夜の幕開けは『壽曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』。曽我物は正月の定番だからね。曽我五郎に吉右衛門、兄・十郎には菊五郎、対する敵役の工藤祐経は幸四郎。この座頭級3名だけの顔合わせでもすごいのに、芝雀、梅玉、魁春、染五郎、松緑、菊之助...うーん、松竹さん頑張ってるねぇ。おっと、名傍役の錦吾、亀蔵も忘れちゃいけない。賑々しく、華やかに、実に正月らしい舞台だった。

そしてお次ぎは本日最大のお目当て、『新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』。2年前の正月に歌舞伎座で上演して大評判だったのを再演だ。こればっかりはやはりいい席で見たい!と1階席を確保したよ、2等だけどねそれでも。この踊りの勘三郎は、溜め息が出るほど素晴らしい。目が離せないというか何というか、小姓弥生の時の清々しさ、獅子になっての凛々しさ、いずれも周りの空気まで清浄にするような「綺麗さ」というのがある。神々しいのとは違うんだけど、それに近いかな?もしかしたら「神楽」(=神に捧げる舞い)というのはこういうものなのかもしれない、と思った。胡蝶の精の千之助と玉太郎は、私の見た胡蝶たちの中では最もいい踊り手たちだった。8歳コンビ。甲乙つけがたし。

最後が『鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)』。三島歌舞伎とは思えない大らかなユーモアに溢れた作品で好き。もちろん鰯売りの猿源氏は勘三郎、傾城蛍火は玉三郎。脇を固める彌十郎、染五郎、亀蔵、東蔵も皆とても楽しそうにやっていて、見ていても気持ちがいい。こういう芝居は一歩間違えるとくっだらない作品に成り下がるのをうまく楽しく演れるのは、脚本もいいけど役者がいいんだよなあ。

しかし最後の演目の最中に、一階席で誰かの携帯がかなり長い時間鳴っていたのが気になった。芝居やコンサートによく行く人は、まず必ず始まる前に電源や電波をoffにしてると思うから、たぶんそうじゃない人がいたんだろうとは思う。開演前に場内アナウンスでも言ってるし、客席番のおねーさん方も呼びかけてるんだから切ってないなんてありえないだろう!と意識が散らされてしまって残念だった。今年は「歌舞伎座さよなら公演」なんて銘打ってくれちゃったおかげで、そういう不心得者が増えてしまうんだろうか。ちょっと心配。

乱歩歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年11月24日 23:02
  • 歌舞伎

国立劇場『江戸宵闇妖鉤爪(えどのやみあやしのかぎづめ)』、サブタイトルは「明智小五郎と人間豹」。ずばり、江戸川乱歩の『人間豹』だ。もともとは市川染五郎が10年位前からやりたいと言っていた企画だそうで、国立劇場の新作歌舞伎脚本に入賞歴のある岩豪友樹子が江戸時代に舞台を移して脚色し、九代琴松(松本幸四郎)が演出して、この度めでたく国立劇場で板に載ったわけである。興味本位に見に行ったが、これが案外面白かった。

今日を含めて興行日はあと3日を残すのみだから、ここまでにかなり練られた舞台になっているだろうとは思う。しかし大筋は変わってないはずで、それを思うと脚色の段階で随分と工夫を凝らしたものだ。明智小五郎が語り過ぎなきらいはあるが、全体としてテンポもよく、見せ場も多く、息をつく暇もないくらい。音楽も、新作歌舞伎にありがちな西洋楽器を取り入れたものではなくて下座音楽をしっかりと活かしていて効果的。特に幕開きの常ならぬオドロな太鼓は良かった。人間豹がワイヤーワークで飛んじゃうのは面白い。スーパー歌舞伎かいって感じだが、役の造形からはそれもありだろう。

松本幸四郎が明智小五郎で、普段は菊人形を作っている職人で隠密同心らしいのだが、風格がありすぎて偉そうに見えちゃうのがちょっと残念。染五郎の二役は極端な役柄だから、見た目だけで全然違っててるので演じ分けはわかりやすい。人間豹が神谷に化けてお文に迫り、正体を現して爪を立てるところもちゃんと神谷と人間豹が違うように演じられていて良かった。春猿の三役が好演。顔が似ている町娘、女役者、明智の妻をくっきりと演じ分けている。生真面目な小林新八と不幸な蛇娘のお玉を演じ分けた高麗蔵も見事だった。沢村鐵之助の百御前、松本錦吾の目明かし恒吉も役にはまっていて良い。奇をてらわず(もともとの作品がぶっ飛んでるので十分新奇ではあったが)素直に歌舞伎として脚色演出したのが成功の素か?次の試みに期待したい。

平成中村座 忠臣蔵Cプロ

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年10月25日 23:31
  • 歌舞伎

このプログラムは構成がちょっと珍しい。加古川本蔵一家の悲劇に焦点を絞って「大序 鶴ケ岡社頭兜改めの場」「二段目 桃井館の場」「三段目 足利館表門進物の場」「同松の間刃傷の場」「八段目 道行旅路の嫁入」「九段目 山科閑居の場」を上演する。物語の発端から、加古川一家に関連する箇所だけ取り出すとこれだけあって、そしてそれを一回にまとめて上演することで、その悲劇が更に明確に浮かび上がってくるという仕掛けだ。こう書いてしまえば誰でも思いつきそうなアイディアに見えるけど、本当にそういう上演の仕方をしてくれることなんてまず滅多にないので今回の目玉の一つなのだ。

加古川本蔵はもちろん片岡仁左衛門、妻の戸無瀬を中村勘三郎、娘・小浪が七之助。加古川本蔵って地味な役なんだけど、存在感は必要な役で、そこらのバランスが仁左衛門は絶妙。勘三郎の女役というのは、はまる時には恐ろしいほどはまっているのだが、今回は正にそれ。勘三郎であるということを忘れさせる戸無瀬だった。七之助との息はもちろんぴったりで、仁左衛門の本蔵に対し出過ぎず控える良妻でもあり、見ていて胸を打たれる演技だった。由良之助は橋之助で、妻のお石が孝太郎。先輩方の胸を借りて、堂々と渡り合えるだけの芝居を見せてくれた。力弥は二段目でちょいと出てくるだけの時には新悟だが、さすがに山科閑居では勘太郎が勤めて好演。

一応、前半の話についても書いておくと、高師直は彌十郎で、これは憎々しさがあって良い。桃井若狭之助はこれまた橋之助で、短気で堪え性のない感じがよく出ている。塩冶判官は勘太郎で、いい人が一生懸命やってるんだけど理不尽な苛めにあって逆切れしちゃったっていうのがよくわかる出来だった。

しかし、この演目だけで休憩3回を含めて5時間。急ごしらえの小屋でやるにはお尻が痛くなる長丁場。歌舞伎座が改築でお休みになる再来年5月以降は、こういうことが増えるのだろうか。考えちゃうなあ...。

そして再びDプロも観劇。さすがに初日よりはずっと余裕もあって良い芝居になっていたが、座ってるのがつらくなってきていまいち楽しみきれず残念だった。今回の中村座は、本当にいい企画だったと思う。これでまた来月は続けて『法界坊』なんだけど...資金が続かないよー。当日立ち見席狙いで行こうかな?ううう。

芸術祭十月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年10月21日 23:45
  • 歌舞伎

ふと思い立って昼の部の『魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)』と『藤娘(ふじむすめ)』を見に行く。平日で1人だったおかげか、3階席最前列ほぼ中央の良いお席。高齢者が多かった。

『魚屋宗五郎』は菊五郎の宗五郎、妻おはまに玉三郎。玉三郎が普段とがらっと違って、庶民の女房になりきってた。地味すぎるくらいじゃ?おなぎに菊之助で、うまい具合に話を流す。菊五郎の宗五郎ははまり役だけど、相手方によって結構違って見えるものだと、妙な所に感心してしまった。

『藤娘』は芝翫の傘寿記念。しっかり踊るというよりは、客席に御礼を捧げるための演目。その歳にしてあの衣装を着て動き回れるってだけですごい。ちょい危ういとこもあったけど決め所は外さず、きちっと踊り上げてる感じ。

平成中村座 忠臣蔵Bプロ

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年10月11日 23:29
  • 歌舞伎

内容的にはDプロに「十段目 討入りの場」から「引揚げの場」までをかなりダイジェストして付け加えたもの。しかしまあ、これが同じ芝居かと思うほど違う。細かい型や何かはわからないが、とにかくちょこちょこと演出や型が違ってたり、台詞が違ったりしているのはわかった。全体の評価としては、型そのものがどちらがいいとかいうのではなく、演じている役者の力量の差だから仕方ない。若手中心で構成したDプロも面白かったのだけど、純粋に芝居としてみたら、やっぱり断然こっちが面白い。中でも仁左衛門の格好良さが際立つ。

「五段目 山崎街道」は勘平が勘三郎で、千崎弥五郎の勘太郎と行き会う。斧定九郎が橋之助で、これは特に文句なし。「六段目 与市兵衛内勘平腹切の場」はおかるが孝太郎で、Dプロに比べて夫婦別れの場などは短いのだけど、おかるの艶っぽさ、夫婦の情愛は、こちらが勝って見えた。おかやと勘平のやりとりも、多分こちらの方が短かったけどよく効いている感じ。芝居というのは役者でこうも違うのかと思う。

「七段目 一力茶屋の場」では橋之助が寺岡平右衛門で健闘。さすがに勘太郎よりはうんといい。おかると二人でやりとりする場面など、Dプロは頑張ってたけど冗長だったなあ。由良之助の仁左衛門はとても自然な風格があって、おかるとの軽妙なやりとりも花街っぽくて良い。大人の色気?「十段目 討入りの場」はものすごーく端折ってあったが、小林平八郎の勘太郎と竹森喜多八の七之助の殺陣が素晴らしくスピーディーで面白かった。爽快感がある。しかも小林平八郎、色っぽい。思わず誰かと思っちゃうような色気があって驚いた。他の役の時より断然いいのは、これが一番本人頭を使わず気楽に楽しめてるからか?最後は勘三郎の服部逸郎と大星由良之助が別れを交わしていくのだが、今回の中村座は、片岡仁左衛門、片岡孝太郎という親子の役者を得て、本当に素晴らしい芝居が出来たよなあとしみじみ。惜しみなく拍手を贈りたい。

平成中村座 忠臣蔵Aプロ

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年10月11日 23:11
  • 歌舞伎

今日はAプロとBプロを通しで見る予定。まずはAプロ。「大序 鶴ケ岡社頭兜改めの場」「三段目 足利館表門進物の場」「松の間刃傷の場」「裏門の場」「四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場」「表門城明渡しの場」。要するに、物語の発端から、殿の切腹と大星が仇討ちを決意するところまで。寝坊したので、またも口上人形は見損ねたが、人形振りで次々に起きていくところは全部見られたのでよしとしよう。

塩冶判官は勘三郎、まず文句なく品があって良い。高師直が橋之助なんだが、「大序」ではすごくいいじゃないかと思ったのだけど、松の廊下ではあまりに楽しそうに「やーいやーい」って感じで鮒侍の下りをやってくれるものだから、憎々しさが足りない。もっと憎々しくないと、刀までは抜かないんじゃないのかしらん。顔世御前の孝太郎は品もあり格もあり、夫の自刃後に出てくる場面での悲壮感も緊張感も素晴らしい。勘太郎は桃井若狭之助も勘平も、若気の至りな部分がよく出ていて面白い。七之助は足利直義は一応品があるが、風格は足りない。裏門のおかるは色気が出ていていいかも。薬師寺の亀蔵の憎らしさは巧い。石堂の彌十郎は重々しくていい。この人達は本当にいいバイプレイヤーだと思う。大星由良之助はもちろん仁左衛門で、貫禄があるというか風格があるというか、この人が出てくるだけで舞台が締まる。切腹の場面から城明渡しの場面まで、あれだけ言葉少なに、なおも説得力を持って大星を演じられるのはすごい。客席が引き込まれて、芝居であることを忘れるほどの悲壮感が漂い拍手ができない、というのはなかなかないと思う。この悲劇の場に拍手というハレの音は似合わない、と皆が控えてしまうのだ。すごい芝居だ。

平成中村座 忠臣蔵Dプロ

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年10月 4日 23:06
  • 歌舞伎

この十月は浅草通いで忙しい。平成中村座が5年ぶりに浅草寺境内に出現し、なんと『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』を通し上演するんだから。通し上演と銘打ってはいるけど、中村屋のやることだもの、ただの通しじゃないよ。Aプロ、Bプロは確かに1日通してみれば一本になるようになってるが、Cプロは加古川本蔵の悲劇に焦点をしぼって選択しているし、Dプロは若手を中心に据えて勘平とおかるの物語(というかおかる一家の、かな)が語られる。試みとしてとても面白い。どれか一つ選んでみるのは難しい...ので、全プログラムを制覇すべくチケット取りに燃えたさ。おかげさまで一応全部は見られる予定で、今日はその第一弾としてDプロの初日を見に行った。一昨日がAプロ、Bプロの初日だったのだけど、C、Dは今日が初日なわけだ。

勘平とおかるの悲劇と言えば、隠れて逢い引きをしちゃってたばっかりに、城を逃げ出して駆け落ちせざるを得なくなったことに端を発している。さすがにそこからやると長くなりすぎるので、五段目「山崎街道鉄砲渡しの場」、「同二つ玉の場」、六段目「与市兵衛内勘平腹切の場」、七段目「祇園一力茶屋の場」である。勘平は勘太郎、おかるが七之助、一瞬しか出てこない斧定九郎を彌十郎、祇園からおかるを迎えにくる女衒を勘三郎、茶屋のおかみを孝太郎、不破数右衛門を片岡仁左衛門、千崎弥五郎を亀蔵、由良之助を橋之助、そしておかるの兄で足軽の平右衛門を勘太郎が二役で。開幕から終演まで4時間で、間に1回25分の休憩があるのみ。勘太郎、ほぼ出ずっぱりの大熱演。演技はすごく頑張ってるしいいと思うが、驚きなのは声が勘三郎そっくりになってきたことだ。これまで、こんなに似てると思ったことはなかった。見た目もそんなに似てると思ったことはないが、今回の勘平での二枚目の色男ぶりと、平右衛門のおにいちゃんっぷりのくっきりとした演じ分けは、さすがあの中村屋を見て育ってきただけのことはあると感心させられた。このDプロだけは楽日(全体の楽日の前日ね)にもう一度見る予定なので、その時までに更にどんな風に成長するのか今からとっても楽しみだ。七之助のおかるもなかなかに艶っぽくてよろしい。孝太郎も言われなければわからないくらい声の出し方とか普段と違ってて演技の幅が広がったのねとしみじみ。鶴松の力弥はかわいらしかった。

新秋九月大歌舞伎(新橋演舞場)

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年9月21日 23:21
  • 歌舞伎

今月は忙しいので歌舞伎は一回ね、ということになった。一生懸命考えて、新橋で若手がやってる新秋九月大歌舞伎の夜の部を取った。『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』で海老蔵が局岩藤、亀治郎がお初をやるのだ。尾上は時蔵。亀治郎がお初というのは、何年か前に国立劇場で見てるのだけど、その時は確か亀治郎が初役で、勉強しました感いっぱいのお初だったのを覚えている。今回は驚くほどの上達ぶり。しっかり自分のものにしてのびのびと演技しているようだった。一方の海老蔵は、偉い局には見えなくて、単なる意地悪婆のようだった...楽しそうにやってるようだったからいいか。時蔵の尾上は町娘あがりには全然見えない上品さで、局に目の敵にされるのもむべなるかなという風情。奴の伊達平に巳之助がまたも出ており、やっぱいい役者になってきてるんだなあと将来を楽しみに思う。

重い暗い話を二つ重ねて上演するのはどうかと思うのだけど、後半は『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)』、通称「かさね」だ。かさね役は亀治郎、与右衛門を海老蔵で、まあ頑張ってはいるんだろう。海老蔵、岩藤よりはやはり与右衛門の方が無理がなく、安心して見ていられる。亀治郎は本当に賢くて努力家なんだとか。かさねの可憐なところを残しつつも色事を知っている艶っぽさなんぞ、なかなか出せるもんじゃないだろうに、かなりそれらしく見えている。面白い役者だなあ。

八月納涼大歌舞伎 第二部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年8月31日 23:51
  • 歌舞伎

あっという間に八月が終わっちゃう。猛暑だった中旬までとは打って変わって雷雨と肌寒いような日が続いた下旬。本当におかしな気候で、日本が亜熱帯になっちゃったようだ。それはそうと、九月になる前に八月歌舞伎の感想を書いておかないと忘れちゃうよな。

第2部は昭和46年に雑誌連載されて、同じ年のうちに新派公演のために戯曲化されたという作品だ。歌舞伎座では今回が初お目見えの『つばくろは帰る』。いなせな江戸の大工の棟梁を菊五郎、これは文句なしに似合ってるしかっこいい。ワケありの祇園の芸妓を福助で、祇園の売れっ子だけど出戻り芸妓という陰のある役を好演。特に棟梁から結婚を申し込まれて答える場面は最大の見せ場だろう。その後輩の舞妓を七之助、恋仲になる棟梁の弟子を勘太郎で、この2人がかわいらしい雰囲気を出してて面白い。勘太郎のおとうと弟子が巳之助で、おちゃらけたキャラクターを嫌みなくこなしている。東海道中で棟梁と知り合って弟子入りする子供を小吉(故坂東吉弥丈の孫)が頑張って熱演。いい役者っぷりだった。江戸の大工を呼んで江戸風の家を造らせる趣味人の旦那を彌十郎、福助の芸妓が世話になっている八重菊のおかみを扇雀。二人とも存在感がある役だったが、特に扇雀が貫禄で見せた。今月はこの人には驚かされるばかり。すごい。

もう一つは舞踊劇で『大江山酒呑童子(おおえやましゅてんどうじ)』。美術を串田和美がやり、勘三郎が初役で酒呑童子をやるというので、それを観たさの第2部観劇なのだ。酒呑童子、今月の勘三郎は役に入りきっていて面白い。それが勘三郎という役者であることを忘れさせる。源頼光を扇雀、平井保昌を橋之助、四天王が若くて亀蔵、勘太郎、新悟、巳之助が頑張っていた。装置はかなり変わっていて、四角い一段高くなった台の周りをぐるぐると歩いて山奥に入っていくようになっていたり、串田さんお得意の小さい建物が出て来たり、人形が出て来たり...。セリも使ったけど最後の酒呑童子を追いつめて成敗してってとこで床板が斜めに持ち上がって赤い粒の雨(血の雨なのだろうけど)が降るという趣向が面白かった。

初めて2階の桟敷席(左)から観たのだけど、3階の同じ辺りよりずっと見やすくてびっくり。値段が違うだけのことはある。

八月納涼大歌舞伎 第三部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年8月16日 23:58
  • 歌舞伎

今日は第二部は見ずに、その時間は小休止して第三部に備えた。雨宿りに伊東屋に寄ったりしてのんびり。さすがに一日通しで見るのはお尻も痛くなってきついよ。

『新歌舞伎十八番の内 紅葉狩(もみじがり)』。今回は勘太郎が更科姫をやるというので楽しみにしてきたのだ。大正解。ほんっと彼は父君の襲名興行あたりからめきめきと良い役者に成長してきていると思う。姫としての品格はいうに及ばず、怪しの者としての雰囲気を醸し出してくるところといい、鬼女としての本性を現した後の異形の者の怖さといい、文句なし。侍女野菊で鶴松が出ていてお賑やかしに踊っていたが、まあ可愛いからいいか。山神を巳之助がやったのだが、これが良かった。父君の薫陶が余程なのだろうと想像される。将来が楽しみ。橋之助の平維茂、凛々しくて目の保養。

さて、夏のお楽しみと言えば新作歌舞伎。今年は野田秀樹の手がける歌舞伎としては三作目、オペラ『アイーダ』を題材に取った『野田版 愛陀姫(あいだひめ)』。上演に合わせて新潮社から『野田版歌舞伎』も発行されたし、期待は高まるばかり。

芝居の舞台を美濃と尾張の争いが続く頃の美濃の城、斎藤道三の娘・濃姫(勘三郎)と、その侍女・愛陀姫(七之助 )、勇者を木村駄目助左衛門(橋之助)、神託を告げる祭主ではなく、あやしげな祈祷師のコンビ(扇雀と福助)、愛陀姫の父・織田信秀(三津五郎)と置き換えてはあるが、話はそのまーんまである。勇者の行進に象が出て来た時には思わず笑ったが、それ以外にも笑うところは多かった。シリアスな芝居なのに、最後に2人が死にいく場面でも笑いが...演出としてどうなの、それは。脚本は悪くないし、芝居としても面白かったけど、でもそれはどーなの?と言いたくなるのは...うーむ。さすがに元の話がしっかりしている上に台詞が結構いいし、違う演出してくれたら、もう一度見てみたいとは思う。新作、と言いつつ、10日余りで作り上げて舞台に載せ、さらに磨いてる最中なんだから仕方ないか。濃姫の演技はさすがだが、この芝居で一番すごいと思ったのは祈祷師コンビ。最初の、いかにも怪しげな町の流しの祈祷師が、徐々に力を持ってパワーアップしていく様子が素晴らしい。特に扇雀、脱帽。

八月納涼大歌舞伎 第一部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年8月16日 23:54
  • 歌舞伎

毎年恒例、八月は三部制の納涼歌舞伎。すっかり定着しているが、ここまで来るにはそこそこ道のりがあった、というのを今月の筋書きには特集記事としてまとめてある。一読の価値あり。

『女暫(おんなしばらく)』は、まあ話としては『暫』の女性版なので、オリジナルを思い出しつつ見るとニヤニヤ出来て楽しい。福助が巴御前で、女鯰を七之助、轟坊を勘太郎の兄弟が達者に演じていて面白かった。新悟、巳之助はいつの間にか育っていて驚いた。時間が立つのは早いなあ。成田五郎の市蔵が、猪俣平六の亀蔵に見劣りしてちょっと悲しい。亀蔵さん、やっぱ巧いや。最後のひっこみで舞台番として勘三郎が登場して六法を教えるところは御馳走。

『三人連獅子(さんにんれんじし)』は父獅子が橋之助、子獅子が長男の国生、母獅子は扇雀で、見たことのない「連獅子」だった。しかし子獅子......励めよ。

『眠駱駝物語 らくだ』は落語に題材を取った滑稽話。勘三郎と三津五郎のコンビで、いやー、芸達者な人達の芝居ってのは見てて気持ちいいや。亀蔵の死体役は天下一品だね。意外な女役の家主女房おいくで彌十郎が好演してるし、家主の市蔵も成田五郎よりよっぽどいい。たっぷりと笑わせてもらった。

七月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年8月 9日 23:35
  • 歌舞伎

昼の部は『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』を「鳥居前」だけ段治郎の義経、春猿の静御前で、佐藤忠信実は源九郎狐は通しで海老蔵がやり、「吉野山」「川連法眼館 」では玉三郎が静御前という変則的な組み合わせでの上演。海老蔵の源九郎狐は2年前に初めてやったのも見ているが、それから比べればかーなりこなれている。ダメダメじゃなくなってる...というか、存在感や風格が増して「海老蔵の」演技としてものになってきているんじゃないかという感じ。でも口跡はやっぱり今ひとつ...どうもあの、「こーん」と言葉を引っ張って発音するような狐喋りがいけない。どこぞの先生によればあれは本来は「こっ...ん」と詰まるように発音するのが正しいらしい。そっちも聞いてみないと何とも言えないが、少なくとも引っ張るよりはマシな気がする。玉三郎は相変わらず美しいが、海老蔵が対等に張り合える存在感を出していたのには感心した。門之助の義経が品があって良い。

七月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年7月20日 23:36
  • 歌舞伎

夜の部は玉三郎による泉鏡花ワールド。『夜叉ケ池(やしゃがいけ)』は監修だけで、百合役は春猿、白雪姫は笑三郎、萩原晃が段治郎、山沢学円が右近(当然だが、尾上ではなく市川)。今回は百合と白雪姫が別の人によって演じられるというところが以前と違うか。でも何だか全体に、前回とはかなり印象が違っていた。実際に違うのかどうかは前回の記憶が曖昧すぎて記録もしてないので何とも言えないが、異界のもの達と白雪姫が釣り鐘のことで争うところとか、最後の大雨で洪水になり村が沈むところとか、以前より印象が強くなった気がする。面白かった。

『高野聖(こうやひじり)』は...うーん、玉三郎が演じてすら、あの「女」の魔性と聖性をうまく印象づけるのは難しいのかもしれない。修行僧役が海老蔵で、どうにも気の弱い学僧にしか見えないのでそれも弱い一因かも。次郎役の右近(こちらは尾上)は上手かったんじゃないか?親仁の歌六が締めてくれたんで芝居としてはまとまった感があるけど...。あ、でも、最後の立ち尽くす修行僧は風情が良かったな。やはり何十年もお蔵入りになっていただけのことはあって、難しい芝居なんだな。

コクーン歌舞伎2008

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年6月29日 01:52
  • 歌舞伎

ヨーロッパから凱旋の『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』だ。コクーンで演じるのは3回目、1996年、2003年、そして今年。2004年にはニューヨークにも行ったし、今年の5月にはドイツ、ルーマニアで公演された。その間に演出も美術も芝居そのものもどんどん磨かれての渋谷だ。相変わらずの盛況っぷりで、チケットは争奪戦だったし、当日立ち見もずらりの行列。わくわくするったら。

本日夜の公演は午後5時開演。15分前には席に着いて、パンフを眺めたり客席を眺めたり。今回は後ろから2列目だったので、会場全体が見通せる。10分前くらいから役者さんがちらほらと客席を流し始め、拍手が起こってきた。これはコクーン歌舞伎の楽しみの一つだ。「今日は祭りだよ!」と言い合いながら役者が通る度に、客席のわくわくは高まっていく。やがて舞台の上で南京玉すだれなどの芸が始まり、お祭り気分は否が応でも盛り上がる。そして祭りにつきものの小競り合いや喧嘩が起こり、仲裁が入り、役人が飛んで来て舞台から人々が逃げ出して...芝居の始まりだ。すでにすっかり引き込まれている。

全体として、無駄をそぎ落としたような作りになってたと思う。舞台美術は更にシンプルかつ効果的だったし、芝居全体としてもテンポアップして引き締まっていた。文句なしで面白い。それぞれの役者が皆達者なのは当然としても、驚いたのは七之助の進歩だ。徳兵衛女房お辰という出番は少ないが見せ場のある美味しい役を、見事に演じていた。七之助には見えなかった、と言ってしまうと失礼だろうけど、そのくらい素晴らしくなっていて驚いた。成長する時期なのかな。今後が楽しみ。弥十郎の三婦はますます迫力があったし、橋之助の徳兵衛の憂い顔はますますかっこよかった。お梶役の扇雀は貫禄があり優しく、団七の勘三郎はかっこよくて悲哀に満ちていた。殺しの場面にいたるまでの笹野さんの義平次はますます憎ったらしくなっていて、「悪い人でも...」の台詞が説得力を持っていた。

今回のプログラムには、串田和美氏のエッセイが別冊付録で付いていたが、それを読むといかにしてこの芝居が磨かれていったのかよくわかる。その過程だけで一つのドラマだ。ほんっとうに面白い。ますます目が離せない、串田劇場with勘三郎だ。

團菊祭五月大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年5月25日 23:56
  • 歌舞伎

通し狂言『青戸稿花紅彩画 白波五人男(あおとぞうしはなのにしきえ しらなみごにんおとこ)』を、一度は良い席で観てみたくて、今回は奮発して1階席。でも2等席なんだけどね。それでも3階席とは比べ物にならない近さ。花道もよく見える。嬉しい。弁天小僧菊之助が菊五郎、日本駄右衛門が團十郎、南郷力丸は左團次で、赤星十三郎は時三、そして忠信利平は三津五郎。更には浜松屋の若旦那が海老蔵、主人が東蔵、鳶頭清次が梅玉で、最後にちらっと出てくるだけの青砥左衛門藤綱が富十郎。さすが團菊祭!という顔ぶれだ。もちろん芝居はとっても面白かった。いやー、頑張っていい席とって良かったわあ。

締めに松緑の踊りで『三升猿曲舞(しかくばしらさるのくせまい)』。うん、清々しい踊りだった。やはり松緑は踊り巧いなあ。

しかし、どうしてわざわざこの順番?という組み方じゃないか?踊りが先でも良かろうに。まあ、どっちにしても全部観てさえ夜8時半だから、大して遅くはなかったけどさ。

雷神不動北山櫻

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年1月26日 23:50
  • 歌舞伎

海老蔵は新年早々から新橋演舞場で座長公演の『雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)』。『鳴神(なるかみ)』『毛抜(けぬき)』『不動(ふどう)』という歌舞伎十八番が含まれた通し狂言の作りだ。果たしてどんな風になっているのか?が楽しみなところ。

座長の海老蔵は5役を早変わり。全編を通して大きな役割を果たす鳴神上人、大悪の早雲王子、浮世離れしてるのに女好きの安倍清行、ご存知粂寺弾正、そして不動明王。改めて見るとこの人、本当に存在感があるんだなあ。特に贔屓ってわけじゃないけど、こうやってパワーをどんどん磨いていく若手役者は、見ていて本当に面白い。

芝居そのものは、良くも悪くも成田屋の芝居で、これが歌舞伎!って言われたら、それはそれで納得がいくかもだった。力技だな。座長以下、脇を固めるのも勢いのある若手組で、猿弥、門之助、段治郎、春猿、笑三郎など。さすがに雲の絶間姫は芝雀だったけどな。

ついでに今日の芝居の友は、友人からもらった榮太郎と成田屋のコラボ飴セットだった。ame.jpg …ま、蓋になってるのはさすがにお父ちゃんの方だけどな。

新春浅草歌舞伎 第2部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年1月 6日 23:25
  • 歌舞伎

毎年恒例「着物で歌舞伎」の日。「着物で歌舞伎」と銘打ってはいても、例年、洋服の人はいる。というか、初めてこのイベントデイに参加した時は、かなりの人が洋服だったような気がしている。それが今年は9割方の人が着物だった。すごい。このイベントが浸透したのと、着物を着る人が増えてきたのと両方の相乗効果なんだろうけど、なかなか感動的な会場風景だった。テレビ東京が「着物の取材で」とカメラを入れていたけど、あれは何の番組でとりあげるんだろ?経済番組とか?

さて歌舞伎。第2部の演目は2つ。おっと、その前に新春歌舞伎恒例のお楽しみ、お年玉御挨拶は片岡愛之助丈。マイクを片手に花道へ、会場へと動き回って喜ばせてくれる。質問コーナーでは質問してくれた人に手拭いのプレゼントもあり。最初っから御馳走って感じだ。

さて1つ目は『祇園祭礼信仰記 金閣寺(ぎおんさいれいしんこうき きんかくじ)』。雪姫を亀治郎、大悪の松永大膳を獅童、此下東吉が勘太郎で、軍平が男女蔵、慶寿院尼は亀鶴、雪姫の夫の直信を七之助。指導は雀右衛門(本年とって米寿!)で、亀治郎は念願かなったらしい。頑張って勉強しました感が勝っているが、男女蔵と亀鶴は達者かな。まだまだ先は長いので、楽の頃には良くなっていることだろう…と、期待。

2つ目が『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』から「木更津海岸見染の場」「源氏店の場」のみの上演。この演目は玉三郎と仁左衛門で見慣れているので、かなり心配だったんだけどよい出来だった。七之助が思ったよりずっといい。愛之助はしっかり教えてもらってくれば大丈夫だろうと思ってあまり心配してなかったんだけど、まだこなれてないのかな?って思う。蝙蝠の安が亀鶴で、これはやはり上手い。多左衛門の男女蔵も貫禄あって良かった。ちょい役で小山三が出ているのもお年玉かな。

最後は、これも恒例の舞台挨拶。第1部の方だけ出ている三津五郎丈の息子の巳之助くんが御挨拶に参加してた。平成元年生まれだそうで、そろそろ浅草歌舞伎も世代交代時期か?と思ったりする。最年長が男女蔵で昭和42年生まれだから、まだまだ行けると思いたいとこなんだがなー。でも下の世代も育ってくれないと困るし、難しいとこだね。年の初めのこのお年玉興行が、ずっと続いてくれることだけは希望しておく。そして世界遺産になった歌舞伎が、今後もずっと栄えて続きますように。ま、楽しく見られれば、それでいいんだけどね。

寿初春大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年1月 3日 23:52
  • 歌舞伎

今年の歌舞伎初めは三が日から歌舞伎座で、という贅沢さ。席はいつもの3階A席だけどね。例年1月はあまりにもあちこちで興行があるので困ってしまう。全部はとても行けないので考えた末の選択になるのだけど、これがまた行かないことにしたものに限って後から「行っとけば良かった」となげくことになるんだよなあ。きっと今年もそんなのは多いだろう。でも歌舞伎ばっか見てるわけにもいかないので仕方ない。

正月らしい祝いの踊り『鶴寿千歳(かくじゅせんざい)』で幕開け。今年は歌舞伎座120年のめでたい年でもあり、この昭和天皇即位記念に創られたという典雅な踊りは、ちょうどぴったり。松竹梅の歌昇、錦之助、孝太郎は清々しく、姥と尉の芝翫、富十郎は寿いで。

短い休憩の後に、これまた正月らしい『連獅子(れんじし)』を幸四郎、染五郎の親子が踊る。以前にこの二人で見た時に、毛振りが全然合ってなくてがっかりだったのだが、今回はきちんと揃っていて、尚かつ途中で子獅子が血気にはやってとばしてくのが微笑ましくて良かった。幕間狂言の高麗蔵、松江も滑稽な中に品があってよい。

最後は歌舞伎十八番の内『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』。團十郎の助六はさすがお家芸で、やんちゃで粋な江戸の華。福助の揚巻はかなり心配な初役だったのだけど、芯が通って誇り高くて助六に心底惚れてる揚巻で良かった。髭の意休ははまり役の左團次。白玉がこれまた初役の孝太郎だったが、並みいる先輩方にしっかり肩を並べての好演。福山かつぎが錦之助で、この人はほんとに清々しい。白酒売りの梅玉はさすが。通人の東蔵も場をさらっていくうまさ。正月からいいもの見ました。今年も面白い舞台がたくさん見られますように。

十二月大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年12月22日 23:36
  • 歌舞伎

なーんか久しぶりの気がする歌舞伎座。先週は昼の部のチケットを持っていたにも関わらず、家で寝こけてたら午後になってたので行けなかった。うーん、もったいないことをした。新作の『信濃路紅葉鬼揃(しなのじもみじのおにそろい)』は見たかったんだが。まあ今日は玉三郎の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』が見られるからいいだろう。

幕開けは『菅原伝授手習鑑 寺子屋(すがわらでんじゅてならいかがみ てらこや)』。松王丸が勘三郎、女房千代が福助、武部源蔵が海老蔵、女房戸浪が勘太郎。珍しい配役のような…と思ったら本当に珍しい配役だったようだ。まあ、珍しいものを見た、ということで。

踊りは『粟餅(あわもち)』で、男2人の楽しい踊り。三津五郎と橋之助はかなりタイプが違う踊り手なのでどうかと思ってたけど、違うからこその面白さがあっていいかも。

さてさて、本日のお目当て『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は有吉佐和子女史の作品。もとは有吉さんの短編小説だったのを、自らが戯曲に書いて、主役のおそのを杉村春子さんが演じていたらしい。杉村さんの後はずっと玉三郎があたり役にしている芝居で、しかも歌舞伎座では今回が初めて。楽しみ楽しみ。芝居の要となる薄幸の女郎・亀遊を七之助が上手く演じていた。薄幸の亀遊と淡い恋をする通訳の藤吉を獅童が演じ、こういう役なら無理がないよなーと思わずにはいられない。歌舞伎座の舞台で獅童にあんなに台詞のある役がついたの初めてじゃなかろうか。事件の発端となる外人・イルウス氏に弥十郎で、まったく無理なく外人に見えてびっくり。体型だけじゃないよね…。岩亀楼の主人を勘三郎で、これは出過ぎず程よくで好演だろう。主役はやはりおそので、それを取り巻く人々に今月の一座が総出演というほんっとにおいしい年の瀬のごちそう芝居だったわけだが、皆それぞれに楽しんで演じているらしいのが、見ていてとても気持ち良かった。現代劇と歌舞伎の古典とは演じ方もまったく違うものだからどれがどうとは言わないけれど、今回一番アンサンブルの妙を楽しめたのは、間違いなくこの演目だった。

摂州合邦辻

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年11月24日 23:55
  • 歌舞伎

11月の国立劇場は通し狂言『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』。見たかったんだよねー、この演目。理由がわかった人はかなり私の趣味を理解していると思う…要するに近藤史恵の『二人道成寺』が面白かったからなんだけどさ。しかしこの演目、完全通し上演はなんと39年ぶりとなるそうだ。更に坂田藤十郎丈が東京で玉手御前をやるのは初めてのことらしい。そんな素敵な芝居だというのに、東都生協の割引価格で1等席…歌舞伎座3階席の常連にとってはドキドキだった。

『摂州合邦辻』と言えば、義理の息子に恋して執着して追い縋る玉手御前。最後、死を目前にした玉手の告白によるどんでん返しはあるんだけど、演じる人の性根としては「本当に俊徳丸に惚れているように演じるべし」だそうで、いろいろな見方が出来るんじゃないかと。藤十郎の玉手御前は、とても丁寧にきっちり演じられていて、しかも可愛らしかったり色っぽかったり…確か藤十郎って70歳なんぞとっくに過ぎてた気がするんだけど…凄いよ、ほんとに。三津五郎の俊徳丸は、そういう役とはいえ、あまりにもかすんでいた気がする。扇雀の浅香姫も追いかけて供も連れずに旅をしちゃうんだけど、肝心の俊徳丸が弱々し過ぎて女々しくて、そこまで惚れるような男か?って思っちゃって。元気な時にもっとオーラがあると良かったんだけどねぇ…。次郎丸・新之助は学芸会か。愛之助は美味しい役。秀太郎と夫婦役(!)として絡む部分もあり、かなり頑張って演じていた。秀太郎は勿論貫禄で良かった。しかし我當の合邦はどうなのよ…いや、演技じゃなくて。我當は恐らくきっちり合邦を演じていて、良い演技だったのだと思う。天王寺での踊りも楽しかったしね。しかし歌舞伎でも、ここまで女が強くて男が情けない芝居も珍しいんじゃないだろうか…と思うくらい合邦も俊徳丸も弱いよ。芝居としては面白かったけどね。

コクーン歌舞伎 三人吉三

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年6月25日 23:39
  • 歌舞伎

やれやれ。やっと何とか書けそうな気がしてきた。何って、渋谷Bunkamuraシアターコクーンでこの6月に大入りをとっていたコクーン歌舞伎『三人吉三』の観劇記だよ。すでに10日前にはなるけど、見た当日はその凄さに圧倒されまくっていて、「凄い」以外に言葉が見つからなくって、とても感想なんて書けたもんじゃなかった。数日経っても興奮は醒めず、会う人ごとにその凄さを伝えようとするんだけど、言葉が足らずにまどろっこしい思いをしたもんだ。今だって、上手に言葉を選べるわけじゃないけど、当日よりは大分マシだろう。

今回は以前にも同じコクーンでやっているものの再演てことだが、初演を見ていない私には比較しようはない。ネットで評判を見ると、以前より更によくなっているとの意見が多く見られ、さもありなんと思われる。勘三郎、福助、橋之助で和尚吉三、お嬢吉三、お坊吉三というはまりきった顔合わせ。知らずに畜生道へ落ちる双子の十三郎、おとせを勘太郎、七之助。いつものごとく笹本高史もいい味出してる。ミニマムに絞った背景が余計に芝居の世界を膨らませるような場面もあれば、工夫された回り舞台がいつもの台詞を違って響かせる場面もあり。物語の陰影が余計に色濃くリアルに感じられる舞台だったように思う。これまで見たことがある『三人吉三』のどれよりも懐に迫ってきた。特に最後の立ち回りを思い切って簡略化して雪とマイムに絞ったのは効果大じゃなかろうか。その場の下座音楽を椎名林檎が担当したのは試みとしていいんだけど、完全に芝居に音が負けちゃっていて残念だった。効果音としてエレキギター等の歪んだ音は良かったんだけど、音楽になっちゃうとね…。刺し違えて倒れ伏す3人の上に静かに雪が降り積むラストは、ひたすら哀しかった。ああ、やはり「凄かった」としか言えないかも。面白い。こんな面白い芝居が見られて幸せだ、と思えた夜だった。

四月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年4月22日 23:46
  • 歌舞伎

今月は中村信二郎改め二代目中村錦之助襲名披露。中村錦之助とは往年の銀幕スター萬屋錦之助の前名で、れっきとした歌舞伎役者の名前だ。中村獅童あたりが継いで彼が映画スターに専念するのかと思っていたら、歌舞伎役者として名前を大きくするってことになった様子。信二郎は以前はすごく地味な役者と思っていたけど、ここ数年めきめきと良くなっていい役者になってきているので、襲名という形で一段引き上げてもらえて良かったんじゃないかと思う。

幕開きは『源平布引滝 実盛物語(げんぺいぬのびきのたき さねもりものがたり)』。実盛を仁左衛門、葵御前を魁春、小万が秀太郎で太郎吉が仁左衛門の孫の千之助。実盛は良かったんだけど、実盛が太郎吉をそこまで買ってかわいがってしまうのはよくわからん…特に、実盛がものすごーく愛おしそうに太郎吉を見ているので余計にそう思えたのかも。太郎吉自体はすごくしっかり演じられていて良かったと思う。

続いては『口上』で、十年来の信二郎の師匠である富十郎が頭となって、雀右衛門以下のお歴々、萬屋一門、親戚の中村屋の方々や吉右衛門などが御挨拶。親戚だからというのでか、七之助や勘太郎まで御挨拶にいたのは御愛嬌か。まあ信二郎の息子や甥もいたのでついでになのかな。とにかく誠実でおっとりした雰囲気を持つ信二郎への皆様の暖かい思いが感じられて良い口上だったのではないだろうか。

そして夜の部で信二郎改め錦之助が演じるのは『双蝶々曲輪日記 角力場(ふたつちょうちょうくるわにっき すもうば)』の放駒長吉と山崎屋与五郎の二役。濡髪長五郎に師匠の富十郎が出てくれるという御馳走付き。父である四代目時蔵が早逝して苦労した信二郎だけど、良い師匠に恵まれたよなあとしみじみ。勢いがあって良い放駒長吉だった。与五郎のじゃらじゃらは…まあ、無難にこなしてたかな。

最後が『新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎(しんさらやしきつきのあまがさ さかなやそうごろう)』。ちょっと体調不良で、いっそのことパスして帰ろうかと思ったが、中村屋の宗五郎は見たことがないので頑張ろうと思って居残り。いやー、面白かった。寝ちゃうかもなーと心配したほどのこともなく、しっかり見入ってしまったのだった。勘三郎の宗五郎が酒に酔っていくシーンは、時蔵、七之助、勘太郎、勘之丞の息のあった演技のおかげで見ていてとっても楽しかった。勘太郎も七之助も、よく育って父君と対等に芝居するようになったんだねぇと感心感心。勘三郎の宗五郎は、磯部邸玄関前の語りの場面がすごく良かった。そこが良かったんで、後で磯部の殿様と話をした時にお蔦の霊魂に語りかける場面が活きたと思う。信二郎の殿様は若い殿様だったけどぴったりでこれも良かった。

通し狂言 義経千本桜(後半)

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年3月21日 23:50
  • 歌舞伎

さて本日は残りの半分。まずは『木の実(このみ)』『小金吾討死(こきんごうちじに)』『すし屋』と、ととっと見て来た。

仁左衛門がいがみの権太、孝太郎が妹お里、鮓屋弥左衛門が左團次で、この3名が素晴らしかった。正直なところこれまで左團次を特に良いと思ったことはないのだけれど、今回の弥左衛門ははまっていた。こんなに良い役者だったのかと目から鱗だ。孝太郎のお里はかわいらしさ満点。いがみの権太は何とも自然に見えて良かった。時蔵の維盛、権太女房小せんの秀太郎もしっかり締めていて良い。

『川連法眼館(かわつらほうげんやかた)』『奥庭(おくにわ)』は菊五郎の狐忠信、福助の静御前。梅玉が義経なのだが、3人並んで喋ると彼だけ声が小さくて聞きづらかったのが残念。幸四郎が教経で奥庭だけ出たが、これはやはり声が響くので、ここでも梅玉の声の小ささが際立ってしまって良くなかった。芝居は良かったのに残念なことだ。

『義経千本桜』を通しで見たのは初めてだが、やはり並べて見た方が世界がわかって面白いんじゃなかろうか。とは言え、イイトコ取りで見たいと思うのも、我が侭なファン心理ではあるが。

通し狂言 義経千本桜(前半)

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年3月11日 00:14
  • 歌舞伎

松竹座から帰って来て以後、なんやかんやと忙しかったり風邪をひいたりでブログ放置して早や1ヶ月半。そろそろ再浮上すべき時期かな。やることがいっこうに減らないので、また沈没するかも…と心配しつつ、とりあえずは三月大歌舞伎の昼の部に行ってきた。

今月は通し狂言『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』。通しを見るのは初めてだ。何たって私は『すし屋』を見たことがないというとんでもない歌舞伎ファンだったりするのだ。これが楽しみでなくてなんとしよう。しかしチケット取りに出遅れて今日の席は3階西側。舞台は半分見えないし、花道は声しか聞こえない。花道からの台詞は足下から湧き上がってくる感じで好きなんだけど、『鳥居前』にしろ『渡海屋』にしろ『道行初音旅』にしろ、この昼の部でやる演目は全て花道での見物があるのだ。つくづく失敗したよなーと臍を噛む。おかげでだいぶ意識が遠のいてしまったよ。

この中で一番楽しみだったのは『渡海屋(とかいや)』『大物浦(だいもつうら)』だ。浅草歌舞伎で若手が演じたのを1月に見たばかりなので、幹部俳優陣だとどんなだろうと期待したわけだ。藤十郎の典侍の局は、銀平女房の時でも品格がありすぎて、船宿の女将には見えなかった。幸四郎もどっしりとしてただ者じゃない雰囲気で演っていたからそういう風に揃えたのかな。左團次の弁慶は男女蔵そっくりだった。本来は逆なんだろうけど、DNAってすごい。

『道行初音旅(みちゆきはつねたび)』で最も残念だったのは、逸見藤太の仁左衛門がほとんど見えなかったこと。藤太はほとんど3階西側席からは見えない場所で演技するのだもの。役者名づくしの台詞は面白かったけど、面白かっただけに見えなかったのが残念でならない。ううう。夜の部に期待しよう。

松竹座 寿初春大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年1月27日 00:01
  • 歌舞伎

すでに先週の話となった1月20日、松竹座で昼夜通しの歌舞伎観劇。昼夜通しはマラソン並みの体力がいるよなーと常々思っているので普段はしないのだけど、スケジュールの都合上、今回は仕方ない。

昼の部は『彦山権現誓助剱 毛谷村(ひこさんごんげんちかいのすけだち けやむら)』からスタート。毛谷村六助を翫雀、お園を扇雀。悪くない出来じゃないかと思う。最初しか出て来ない微塵弾正の進之介がいい味出してた。

『勧進帳(かんじんちょう)』は團十郎の弁慶、藤十郎の義経という豪華な顔合わせ。團十郎の弁慶を見ると、やはり弁慶は成田屋のものかしらんという気になるから不思議だ。海老蔵が富樫でちょっと若過ぎかしらと危ぶんだが、まあ頑張っていたようだ。藤十郎の義経の存在感はさすがだった。

昼の部の最後は『恋飛脚大和往来 封印切(こいびきゃくやまとおうらい ふういんきり)』。当然忠兵衛は藤十郎で、八右衛門が我當。我當の演技は演技というより自然にそこにいて喋ってる感じ。おえんの吉弥、梅川の秀太郎、治右衛門の竹三郎など、とにかく上方の芝居を上方の役者方が演じる強みを感じさせてくれる。嘆息。

寿初春大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年1月13日 23:46
  • 歌舞伎

『廓三番叟(くるわさんばそう)』は雀右衛門が出るので心配していたのだが、足だけでなく腕の力も衰えてきている様子が見えて哀しくなった。立ち姿は相変わらず素敵なのだが…。周りの席の観客からも同様の感想が漏れており、御本人の舞台にかける情熱(あるいは執着)と見る側の冷静さがすれ違っている。寂しい限り。魁春は貫禄を見せ、芝雀、孝太郎は普通に良かったが印象は薄い。

『祇園祭礼信仰記 金閣寺(ぎおんさいれいしんこうき きんかくじ)』。玉三郎が雪姫というので楽しみな演目の一つ。敵役の松永大膳が幸四郎、良い側役のはず此下東吉が吉右衛門なおかげで、どちらも同じ顔だから何か変。一瞬しか登場しない慶寿院尼の東蔵が存在感あって良い。玉三郎は…きれいだったけど、うーん、儚かったなあ…。

そして今月最大の眼目は間違いなく『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』。とにかく勘三郎が素晴らしい。弥生は清らかで可憐で、ほんっとーに綺麗なもの。獅子はひたすら凛々しく純粋でやはりこの上なく美しいもの。客席、熱狂。嵐のような喝采だった。今後もう、間違っても勘九郎とは呼ばない。あれは間違いなく勘三郎なのだ。襲名興行が一段落して、勘九郎をすっかり脱ぎ捨てた勘三郎なのだ。ただただ感激。胡蝶の鶴松、宗生は可愛らしい。宗生は浅草公会堂から2度目の胡蝶で、今回はかなりしっかり「踊って」いて嬉しい驚き。顔が福助そっくりだったのもビックリした。鶴松は振りは覚えたのねって感じだったが、舞踊歴はきっとそんなに長くないし、それを思えば良い方なのだろう。ただ宗生がきちんと「踊って」いるものだから比較されてつらいか。

15分休憩があっただけで最後の『処女翫浮名横櫛 切られお富(むすめごのみうきなのよこぐし きられおとみ)』。福助がお富で好演。橋之助が与三郎でいい色男っぷり。蝙蝠の安は弥十郎で人のいい小悪党って感じがいいね。赤間の親分が歌六、女房お滝が高麗蔵がいずれも貫禄あってやはり好演。面白かったんだけど、前の演目が素晴らし過ぎて損をしているようだ。仕方ないか。

寿初春大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年1月 8日 23:50
  • 歌舞伎

新年初歌舞伎座は母君と二人で。松の内に誕生日がある歌舞伎好きの母だからこそだが。

幕開けは正月らしく華やかな『松竹梅(しょうちくばい)』。「松」では梅玉と橋之助、「竹」では歌昇と雀に扮した信二郎、松江、高麗蔵、「梅」では女形3人の連れ舞いを魁春、孝太郎、芝雀がめでたく舞い納める。今回新たに振り付けられた舞踊だそうだが、日本舞踊の素養がない私には古典との見分けはつきませぬ。とにかく美しくて飽きない踊りだった。

お次はぐっと暗く重くなって『平家女護島 俊寛(へいけにょごがしま しゅんかん)』。正月からこれはどうよ…。でも、芝居そのものは以前に見た時よりテンポが良くてしまっていて、面白く見られた。こうして見ると、吉右衛門の俊寛はやはり当たり役なんだろう。

『勧進帳(かんじんちょう)』は弁慶が幸四郎、富樫が梅玉、義経が芝翫で、客席はかなり寝ていた。ちょうど食事時直後だったせいが大きいと思うが、弁慶と富樫の丁々発止のやり取りが気持ち良いBGMになってしまったのだろう。かくいう私もその一人だが。

最後は踊りで玉三郎と勘三郎が『喜撰(きせん)』。玉三郎はやはり美しい…とポーッと見ていたら終わってしまった感じ。勘三郎が色気たっぷりの和尚だった。

新春浅草歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年1月 7日 23:34
  • 歌舞伎

あるいは”着物で歌舞伎”の日アゲイン。でも今日は私の座ってる前は一列ほぼ全員洋服だった…どこが着物で歌舞伎の日なんだか。どうやら更に一列前に座った人がチケットを2列分ほど握っていて、直前になって知り合いを招待しまくったらしい。お土産あげたりしてたから。それにしてもせっかくの企画日なんだから、ちゃんと企画に乗るよう働きかけくらいすべきだろう。あれだけの枚数チケットを押さえてたってことは浅草商店街関連などなんだろうし。

さて、開演前には浅草芸者の方々の和楽器演奏などもあり、新春ムード満点で始まり始まり。年始御挨拶は片岡愛之助丈。なごやかに笑いを取っての幕開け。

夜の部の出し物は先ず『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』より「渡海屋(とかいや)」「大物浦(だいもつがうら)」の二幕。渡海屋主と名乗って実は平知盛が獅童、その妻で実は典侍の局が七之助、山伏で実は弁慶が男女蔵、義経が勘太郎、最初に北条方と言って出て来て実は平家派の侍が亀鶴と愛之助。勘太郎はオーラが出てるかってくらい存在感があった。さすが要の義経だ。七之助は難しい役だったが、帝に対する愛情深さはよく出ていたように思う。品格もあったし良かったのでは。男女蔵は肥えてますます父君に似てきたなあ。亀鶴と愛之助は上手い。そうなってくると俄然悪目立ちするのが獅童で、型は覚えたんだろうけど、ふわふわと浮いているような、型だけなぞってるように見える。最後の方で瀕死の身ながら義経に挑んでいこうとするところは型が少なかったせいか、おおっと思うとこもないではなかったが、やはり映画の人なのかなーと思う。『浪人街』の獅童は良かったんだけどな…歌舞伎じゃなきゃいいのか。

30分の休憩を挟んで『身替座禅(みがわりざぜん)』。この中村屋が大得意とする楽しい演目を、勘太郎が初役の山陰右京でどう見せてくれるのかが今日一番の楽しみだ。いやこれが面白い面白い。勘太郎も良かったが、愛之助の奥方玉ノ井も、亀鶴の太郎冠者も皆とても品があって良い。下世話になり過ぎると面白さが半減なのだが、そういう意味では十分に面白がらせてくれる仕上がりだ。この三人は本当に芸達者になってきたなあと思う。特に今日は勘太郎と愛之助の良さが目にとまった。今年も楽しい年になりそうだ。

十二月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年12月24日 23:43
  • 歌舞伎

帝国劇場から歌舞伎座へ移動して夜の部を鑑賞。忙しい一日だこと。

『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』は福内鬼外という人を喰った名を名乗った平賀源内の作品。菊之助が義峯に一目惚れして親をも騙して尽くすお舟役で好演。なのだが、どうも私はこの話自体がダメみたいで、あまり楽しく見られない。この父ちゃん(渡し守の頓兵衛)にしてこの娘ありの思い込みの強い父娘がまずどうもにも性に合わないのだろう。せっかく演技は良いのに残念なことだった。

『出刃内お玉(でばうちおたま)』は池波正太郎が昭和50年に書き下ろした新作歌舞伎。この後さらに2作書いているそうだが、いずれも見たことない。この作品も上演は今回でまだ4回目だそうだから仕方ないか。新作歌舞伎が古典になっていくのって難しいんだろうなあ。今回は菊五郎がお玉を演じているが、とにかく話自体があっさりと進んで行ってしまうので、面白いんだけどいまひとつ残らない。うーん、なんか物足りないって感じがしてしまう。これもいい芝居してるんだけどねぇ…。

最後は舞踊劇『紅葉狩(もみじがり)』。海老蔵の妹の市川ぼたん嬢が夏に名題披露だったとかで、ご祝儀なんだか知らないが出演しているのが良くも悪くも評判になってはいる演目だ。さすがに男ばかりの中に一人女性が混ざると小柄に見える。十代の男の子みたい。台詞はなくて踊りだけだったけど、せっかく名題披露のつもりなのなら一言どこかに書いても良かったんじゃないかと思う。そしてそのぼたん嬢に客席から女性の声で「ぼたんっ」と大向こうがかかっていた。こないだうちmixiの歌舞伎コミュニティで話題になってたので、ちょっとおおっと思う。掛け声も拍手も自分が好きなとこでいいんだろうし、決まりはない。でも個人的には女性の声は、声のトーンとか性質とかいったもののせいで、なんだか雰囲気を壊してるようで好きではない。男の人の野太い声でかかるのがいいね。そういうのとか拍手とかジワとかが渾然一体となってて初めて歌舞伎だと思うから。尾上右近は踊りは良かったが声が…楽も近いからかな。海老蔵は楽しそうだった。合ってるな、確かに。

十二月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年12月 2日 17:17
  • 歌舞伎

つい先週は11月で吉例顔見世だったと思ったら、今日はもう師走興行初日。早いものだ。

仕事の都合で最初の演目『八重桐廓噺 嫗山姥(やえぎりくるわばなし こもちやまんば)』はパス。この演目は以前福助が八重桐を演じたのを見ているが、それが面白くなかったような記憶があるのでまあいいかと。でも菊之助が八重桐なのでちょっと見たい気もする。

さて『忍夜恋曲者 将門(しのぶよるこいはくせもの まさかど)』。時蔵の滝夜叉姫と松緑の光圀による舞踊劇だ。二人とも踊り巧者で品があってうっとり。でも早変わりの後でもたもたと衣装直しを続ける場面があり、初日ならではかなあと失笑。

『芝浜革財布(しばはまかわざいふ)』は今日一番のお楽しみ。お馴染み菊五郎の魚屋政五郎に魁春の妻おたつで、初日とは思えない円熟した演技を見せてくれた。脇もしっかり固まっているので、見ている方は安心してこの人情話に入り込んでいける。話の締めくくりも明るくて、ほんと、年の瀬を楽しく迎えるには格好の芝居だ。気持ち良かった。

最後は『勢獅子(きおいじし)』。日枝山王神社の天下祭を、鳶頭の梅玉、鳶の松緑、松江、亀三郎、松也などが目出度く舞い踊る。そこへ出てくるのが売れっ子芸者のお京、つまり京屋・雀右衛門なわけだが、手を引かれながらも小走りで出て来たのには驚いた。踊りはいつも通り足下があれだったが、先週より元気に華やいで見えたのは気のせいじゃないと思う。松緑演じる獅子舞が大当たり。

吉例顔見世大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年11月27日 23:54
  • 歌舞伎

実を言うと、先の土曜日は新橋演舞場と歌舞伎座を掛け持ちだったのだ。興行の間が一時間位あったのでちょっとぶらぶらした後、相方と別れて一人で歌舞伎座へ。ここで職場の後輩と待ち合わせて一緒に観劇なのだ。彼女は歌舞伎2回目。菊五郎を説明するのに「寺島しのぶのおとーちゃん」と言えば分かるという歌舞伎初心者である。海老蔵は「おーい、お茶」の人として認識できてるらしい。三津五郎は「八十助だった人ですよねぇ?テレビで見たことあります」で、仁左衛門は「あ、孝夫さんだ!」…?どうやら父母の世代に歌舞伎好きな人でもいた様子である。

幕開けは短いがめでたい『鶴亀(つるかめ)』。雀右衛門の女帝が、三津五郎の鶴と福助の亀を召して目出度く舞うという宮中の新年節会の模様だ。しかし、失礼とは思うが、ほんっとーにいいかげん、雀右衛門は舞台に立つのは…(以下自粛)。

『良弁杉由来(ろうべんすぎのゆらい)』は東大寺二月堂を舞台にした一幕もの。これまで観劇の機会に恵まれず、今回初めて見た。仁左衛門が良弁大僧正、母を芝翫が演じて、心温まる佳作に仕上がっている。

『雛助狂乱(ひなすけきょうらん)』は菊五郎が偽の狂乱ぶりを雪や捕手と絡みながら踊っていくものだが、狂乱の態を見せつつ、しかも美しい舞で、というのはなかなかに難しい。美しいだけじゃダメなんだろうけど、菊五郎だし迫力もあるんだけど。

続く『五條橋(ごじょうばし)』は富十郎の弁慶が息子鷹之資の牛若丸と息を合わせてのお遊戯。かわいいからいいんだよな。

『天衣紛上野初花 河内山(てんにまごううえののはつはな こうちやま)』は團十郎が河内山で本格復帰の芝居だ。昼の部の仁木弾正は迫力だったよなーと思いこちらも期待。いや、河内山のふてぶてしさも可笑しみも出て良かったと思う。三津五郎の出雲守、弥十郎の北村大膳、家老の高木小左衛門が段四郎で、全体としてとてもしっかりした芝居になっていた。同行者も喜んでいたし満足じゃ。いや、この演目はいつ見ても、見終わって気持ちいいわ。

新橋演舞場・花形歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年11月25日 23:57
  • 歌舞伎

えー、相方が起きてくれなかったのでまたもや『番町皿屋敷』は見られなかった。何かの呪いなんだろーかってくらい、この演目は見られてない。縁がないのかなー。

さて『勧進帳(かんじんちょう)』では富樫を菊之助、弁慶を海老蔵。菊之助の声が夜の部で全然だった理由がよーく理解できた。富樫と弁天小僧を昼の部で続けてやったら、それは喉も枯れるだろうさ。凛々しくて貫禄もそこそこあって良い富樫だったけどね。海老蔵の弁慶は若さに溢れる感じ。まだ貫禄はいまいちかなあ。芝雀の義経がさすがの品格だった。

『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』は浜松屋見世先と稲瀬川勢揃い。要するに一番メジャーなとこだけ。菊之助の弁天小僧ははまり役。これまで見たどの弁天小僧よりも自然で活き活きとしていて良かった。南郷力丸の松緑もなかなか。勢揃いのとこで日本駄右衛門の左團次と忠信利平の男女蔵があまりにもそっくりなので可笑しかった。DNAってすごいなあ。

新橋演舞場・花形歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年11月23日 22:59
  • 歌舞伎

『時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ)』は信長と光秀に題材を取った鶴屋南北の作品。まず本能寺馬盥の場では、その前の場面までで信長ならぬ春永の不興を被って謹慎中の光秀が、他の家来衆も居並ぶ中で馬を洗う水を汲む盥を杯として与えられ、更には自分の領地を召し上げられて蘭丸に譲られ、欲しかった名刀日吉丸まで自分が推挙して家来になれた友人に下賜されてしまい、挙げ句には貧乏浪人時代に妻が売った髪の毛を持ち出されてなじられてしまう。やりたい放題の屈辱を受け、怒りのオーラを発しながら退場する光秀の松緑、恐い。まあ出て来た時も沈み込んだ真っ暗な雰囲気を纏ってたんで恐かったけど、更に恐くなって退場。海老蔵は傲岸不遜な春永が無茶苦茶よく似合う。続く愛宕山連歌の場では春永からの使いに来た同僚達の前でやおら死に装束に着替えたかと思うと「憧れの日吉丸で介錯してもらって死にたい」などと言い出し、お人好しにも「じゃあ斬られる前によく見ておけ」とほいほい刀を差し出した相手を奪った刀で斬り捨てる。そして本能寺襲撃に向けて高笑いしながら出かけて行く姿の凄惨なことといったら…。松緑、見直した。踊りだけじゃないのね。

『船弁慶(ふなべんけい)』は菊之助が静御前と平知盛をやるので期待。しかし、誰がやっても能仕立ての静御前の舞は眠くなりがち。一緒に行った相方も、反対側の隣に座った女性も寝ていた。私としてはこれまで見た中では一番人間臭い舞だった気がする。玉三郎のは美し過ぎて眠かった。知盛はまあまあ。梅枝の義経はちと早過ぎたんじゃないだろうか。船長の亀蔵はまずまず。團蔵の弁慶はあまり修験者には見えなかったが、力技で追っ払った感じには見えたからいいんだろう。

さて問題は『義経千本桜 川連法眼館(よしつねせんぼんざくら かわつらほうげんやかた)』、通称「四の切(しのきり)」。これの狐忠信を市川海老蔵が市川猿之助に指導してもらってやるという。海老蔵の狐忠信ってだけでも柄じゃないと思うのに、猿之助に指導を受けてなんて…観る前から不安でいっぱい。そしてそういう不安は往々にして当たるのだ。所作/振付だけでなく、口跡まで猿之助型を受け継いで演じている。うーん、聞き苦しい。それに海老蔵は身体が大きいから、同じようにやってるつもりでも間延びして見えちゃったりバランス悪かったりして見苦しいとこがちらちら。階段3段飛び越えて床上に上がったのは驚いたけど。天井裏から飛び降りて舞台正面にピターッと座るとことか決まってて良かったかな。段治郎の義経、笑三郎の静御前はそれぞれ風格があって良かった。

吉例顔見世大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年11月12日 21:33
  • 歌舞伎

歌舞伎座の11月と言えばもちろん顔見世興行。櫓も立ってて、雰囲気は上々だ。

昼の部は『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』が歌舞伎座では10年ぶりという通しでの上演。10年前…見てるし…。歳を取ったということか。今回は菊五郎が政岡、沖の井を三津五郎、松島を秀調。仁木弾正は團十郎。仁左衛門は八汐と細川勝元というオイシい役回り。顔見世らしく芸達者なベテラン揃いで楽しく見させてもらったが、緊迫感溢れるはずの裁きの場で裁き役の山名宗全が台詞全然入ってなくってぶち壊し。「対決」の場しか出番ないんだから、それっくらいの台詞入れとこうよ。しかも今日はすでに12日目、中盤になってるはずなんだがね。他が皆とても良かったので残念だった。

おまけで三津五郎の踊り『源太(げんた)』『願人坊主(がんにんぼうず)』の二本立て。前の席の人が前屈みになってくれちゃってて、ほとんど見えず。歌舞伎座の3階席で前屈みになるのは禁止なんだけど、知らない人が増えたかもな。はああ。

『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』は通しでやることは大して多くないけど、一部だけならよく上演される芝居だ。おかげで政岡役としては菊五郎以外に雀右衛門、玉三郎、福助、藤十郎を見ている。「御殿」の場で「飯炊き」って必ずやるものだと思ってたら今回なかったので驚いた。でもなくても十分に乳母と若殿、母と息子の情愛や絆は伝わってきた。芝居の演出は一通りじゃないからこそ面白いんだと、改めて感じた。

そう言えば、10年前に片岡孝夫(現片岡仁左衛門)が細川勝元で颯爽と登場したのはかっこ良かったよなー。今日の演出とは違ってたけど、それはそれで印象に残ってる。今日のも貫禄あって、でも若々しく爽やかでかっこ良かった。まとめて言うと、やっぱり歌舞伎は面白い!という芝居だったように思う。

芸術祭十月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年10月22日 21:56
  • 歌舞伎

今月はスケジュールの都合で夜の部しか見られない。先月も見てないし、久しぶりなのですごく楽しみ。

夜の部は先ず『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』より五段目と六段目。要するにお軽と勘平のとこ。お軽は菊之助、勘平が片岡仁左衛門。なんかね、勘平が貫禄ありすぎ。お腹いっぱい。お軽はそれに合わせたのか、しっとりとした武士の妻で、若妻よりはトウのたった感じ。斧定九郎の海老蔵ははまってた。台詞が少ないとこがいいのか?母おかや家橘が良かった。

後半は『梅雨小袖昔八丈 髪結新三(つゆこそでむかしはちじょう かみゆしんざ)』。幸四郎が新三、家主が弥十郎、忠七が門之助で源七が段四郎。これは面白かった。以前にも見た演目だけど、こんなに面白かったっけ?ってくらい楽しめた。配役の妙なのかな。

今月から3階の蕎麦屋とおでん屋が地下に移って営業。着実に改築に向け準備中?なんとも寂しい。

八月納涼歌舞伎 一部&二部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年8月26日 22:06
  • 歌舞伎

千穐楽の納涼歌舞伎。三部だけは思うような席がこの日に取れなかったので先週見てしまった。今日は一部と二部を通しで、久しぶりに一人で観劇した。一人で見るのは、終わってから感想を話し合える相手がいないので面白さ半減なんだけどな。

第一部幕開けは『慶安太平記 丸橋忠弥(けいあんたいへいき まるはしちゅうや)』。橋之助の丸橋忠弥、扇雀の女房おせつ、市蔵の義父弓師藤四郎。外堀の酔っぱらい場面から染五郎の伊豆守が出てきてピッと緊張する場面のとこは雨が感じられて良かった。でもあまり面白い話でもないよなーと思って見ていたが、最後の捕り物が大立ち回りで派手だった。見たことないような振り付けの立ち回りや技があって、久々に面白い立ち回りを見た。

続いて福助で『近江のお兼(おうみのおかね)』。若い娘らしい福助の踊りに見とれる。

そして話題の新作『たのきゅう』は、わかぎえふ脚本の舞踊劇だ。この人は大の歌舞伎好きなので期待している。話の筋はよく知られたもの。小吉の初舞台披露口上をうまく入れ込んだり、回り舞台を上手に活かした演出でシンプルに場面転換して飽きさせないようにしていたりと工夫されている。巳之助の鳴りものが上手い。三津五郎もいいが、対するおろち(老人)の染五郎の弾けっぷりも素晴らしい。楽しく笑わせてもらった。カーテンコールがなかったのは残念。

第二部は45年ぶり復活上演の『吉原狐(よしわらぎつね)』。吉原狐という渾名を持った芸者おきちを中心に、彼女の早とちりや思い込みで起こる騒動をテンポよく面白可笑しく見せてくれる。福助と橋之助が兄弟で芸者同士で絡むのが見物。珍しい橋之助の女形だが、良かったんじゃないか?秀調のお筆がいい。孝太郎の誰ヶ袖花魁も崩れるところの思い切りが良かった。孝太郎はどうもマジメで固い役者というイメージがあったのでビックリ。三津五郎の父三五郎は貫禄たっぷりで素晴らしい。染五郎の貝塚采女も壊れ方がいい。染五郎、色物だといいよなあ。扇雀の娘役も、特に最後が決まってて良かった。

後半は舞踊を三作連続で。『団子売(だんごうり)』は孝太郎と扇雀が夫婦の団子売り。後ろの席で話していた人たちによると月初め頃は「離婚寸前の夫婦みたいだった」そうなのだが、今日はぎくしゃくはするが一応呼吸のあったとこもある感じ。2人ともマジメに踊るタイプなので、どうも夫婦者の情愛だとか柔らかみだとかは縁遠くて、マジメなご夫婦なのねと思ってしまった。

『玉屋(たまや)』というのはシャボン玉売りだそうで、染五郎の一人舞踊。芝居の方が良かったかと。

『籠屋(かごや)』は三津五郎と当月初舞台の小吉がからんでの滑稽な舞踊。三津五郎はさすが。演じて良し踊って良しで無敵だね。小吉うまい。三津五郎のもとで良い役者に育ってくれるといいな。

南総里見八犬伝

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年8月19日 23:30
  • 歌舞伎

今日は歌舞伎座八月納涼歌舞伎第3部、『南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)』を見に行く日だ。奇しくも今日はCSの時代劇専門チャンネルでNHKの人形劇『新・八犬伝』が放映される日でもある。アーカイブ番組の再放送になるので、見られるのは第1話、第20話、最後の第464話だけ。それ以外の話はNHKにもないらしい。素晴らしい番組だったのに惜しいことをしたもんだ。

ま、ともかく、歌舞伎の方だ。犬山道節が三津五郎、犬塚信乃が染五郎、犬川荘助は高麗蔵、犬飼現八は信二郎、犬田小文吾が弥十郎、犬坂毛野が福助、犬村角太郎は孝太郎で、犬江親兵衛は松也。三時間の上演時間ではダイジェストになってしまうのは如何ともし難い。それでも扇雀の伏姫から八つの玉が飛んで行く最初の場面から始まって、犬塚信乃と浜路の嫁入りの話、芳流閣の戦い、荘助の処刑場、毛野の女神楽、八犬士勢揃いまで。なかなかに楽しくよくまとまって面白い。役者の出来とか何とか言うより、とにかく話が面白いよなー。見せ場も、歌舞伎らしい見栄だの六法だの立ち回りだの入っていて良い。こういうのは納涼歌舞伎ならではのお楽しみかもしれない。スーパー歌舞伎のも見てみたかったな。

で、家に帰ってから録画しておいた『新・八犬伝』を見る。坂本九も懐かしい。そう言えば歌舞伎の方では玉梓の呪いについてはなーんも触れてなかったな。しかも他にも結構ディテールが違ってる。面白い。いま見てもクオリティが高い。ほんっとーに、これが残ってないなんてもったいないことこの上ない!NHKもバカだよなー。これだけのものを作っておきながら捨て去るなんて。このクオリティを保っていくプライドがあれば、変な事件やらトラブルとも無縁でいられただろうに。バラエティ路線に走ったばっかりに…って、ま、言っても仕方ないか。

松竹座 七月大歌舞伎・昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年7月13日 22:30
  • 歌舞伎

ちと間が開いてしまったが、道頓堀訪問の2日目感想を。

昼の部は午前11時開演。今日はチケットを手配してくれた友人B氏が一緒に観劇の予定なので、開演前に昼ご飯2人前を地下街のレストランのに予約する。豆腐御膳。涼しそうで美味しそうだったのだ。神戸から駆けつけた友人B氏は、電車一本乗り遅れたとかでギリギリセーフとなった。

初めは『信州川中島 輝虎配膳(しんしゅうかわなかじま てるとらはいぜん)』だ。お勝いまいち。秀太郎は昨年歌舞伎座で越路を見ているが、お勝より越路の方が合っていたような気がする。竹三郎の越路と、我當の輝虎の対決は迫力あった。唐衣の孝太郎は出過ぎず抑えて好演。山城守の進之介がちと、バランスを崩していたのが残念だ。

お次は『連獅子(れんじし)』。翫雀と壱太郎の親子だ。壱太郎、うまいっ。清々しくて凛々しくて伸びやかで、完全に親獅子を喰っていた。初舞台当時から上手かったけど、ものすごく進歩していってるんじゃないだろうか。16歳になったんだそうで、いやー、先が楽しみだね。

『口上』では、皆様口を揃えて「公私ともに老いてますます盛んな藤十郎」を褒め讃えて笑いをとっていた。歌舞伎座では幹部俳優がずらーりと並んでいたが、今回はシンプルに10名のみ。でも口切りは雀右衛門なのね…。仁左衛門が挨拶した途端に大喝采でビックリ。襲名披露の藤十郎よりも大きな拍手で、関西での人気の高さを実感。いや、すごいわ。

さていよいよ『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』。藤十郎は団七初役だそうだが、そうとは思えぬ役作り。引き込まれて見入ってしまった。菊五郎のお辰もいいねぇ。粋な姐さんだ。貫禄・三婦の我當、おつぎの竹三郎、琴浦の孝太郎、いい男・徳兵衛の仁左衛門、義平次の段四郎、皆とてもしっくりと役に溶け込んでいて素晴らしく面白い。そうか、これってもともとの話がこんなに面白いんだ。最後の場面で、祭りの人ごみに紛れて逃げる団七が通りすがりの酔っぱらいと絡む演出が、それまでの暗闇の出来事(幻影のような)と現実をスイッチするように思えて良かった。ああ、これだから歌舞伎見物はやめられないのお。

松竹座 七月大歌舞伎・夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年7月 7日 22:39
  • 歌舞伎

大阪での坂田藤十郎襲名披露で『道成寺』やら『夏祭浪花鑑』が見られるというので、友人にチケットを手配してもらい、早めの夏休みを1日だけ週末にくっつけて、はるばる道頓堀まで遠征した。ちょっと最近忙しさでうつうつしており、のんびりと羽を伸ばしたいため現地在住の友人や親戚宅には内緒で。一人で過ごす時間て貴重だよなー。

初めての松竹座。道頓堀の入り口には開場待ちの人垣が出来ている。歩行者天国なので南座前ほどの混雑ではない。入り口前に立て看板と客引きが立っての「お食事受付」があり、珍しさでじろじろ見てしまう。松竹座ビルの地下に入ってるレストランは、一般営業とは別に幕間の食事を受け付けているらしい。なかなかリーズナブルなものもあり、明日試すかと思いながら入場。ロビー両側には筋書き売りと役者さん方それぞれの応援会窓口(?)があり、正面にドーンとベルナール・ビュッフェの描いた『暫』が立っている。すんごい迫力。その脇には現・藤十郎が鴈治郎だった頃の『京鹿子娘道成寺』を演じた姿絵が静かに佇んでいる。足下に胡蝶蘭の鉢がずらり。なかなかに壮観だった。客席は3階からで、エスカレーターとエレベーターで登るが、エレベーターは高齢者の方等の一部の人向けだけに場内係員が案内していて好印象。2階の売店、喫茶どころを兼ねたロビーで弁当を購入し、3等席なので更に5階まで登った。

さて最初の演目は『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』だ。これは現・中村勘三郎丈の襲名披露で観ているが、途中つまらなくて気が遠くなりそうだった覚えがある。今回は大蔵卿に片岡仁左衛門、筋を運ぶ重要な吉岡鬼治郎に片岡愛之助、妻お京に片岡孝太郎。仁左衛門の作り阿呆、品格がありかわいらしく、惚れ惚れするようなおばかさんっぷり。本来の正気の大蔵卿はすっきりくっきりと筋の通った格好良さ。脇で團蔵、家橘がよく締めている。話のメリハリもあり、面白く観られた。愛之助も孝太郎も好演で良かったが、仁左衛門という役者の大きさを強く感じた芝居だった。

『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』は所化で藤十郎の孫・壱太郎が大奮闘。まだ声は細いがよく頑張っていた。親子三代揃い踏みで、藤十郎もやっと安心てとこだろうか。その藤十郎の白拍子花子は可憐の一言。どうしてこの人はこんなに可憐になれちゃうんだろう。さすがにお歳を寄ってきたので鞠つきは辛そうだったが、大筋においては、すごい体力、素晴らしい気力、技倆。途中に襲名披露口上が一言入った以外は通常通りに通しでの道成寺。美しかった。でも鐘に上がっての締めの型はちょっと迫力なかったかな。

『魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)』はこれまでと打って変わって江戸の臭いがぷんぷんと撒き散らされる世話物だ。尾上菊五郎の宗五郎、中村時蔵の妻お浜、孝太郎のおなぎ、磯部の殿様は翫雀で、好配役であった。以前にも何度か観ている演目だが、菊五郎の宗五郎は爽やかでいいやね。翫雀も貫禄あって、話をビシッと締めてくれた感じ。見終わって気持ちのいい仕上がりだった。

芝居の間で神戸から来ているTさんに声をかけていただき、なんと藤十郎の船乗りこみの時に友人の方が撮ったという生写真(プリントアウトでも「生写真」と言っていいのかな?)をいただいた。思いがけないお土産で嬉しい。更に美味しい日本酒一口とみかんを御馳走になり、慌ただしく御挨拶。感想を交わす暇もない。是非また何処かで一緒に観劇する機会があればと思う。

六月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年6月17日 23:11
  • 歌舞伎

五月が体調不良で歌舞伎座に足を運べず、なんだか久しぶりな気がする梅雨の東銀座。行きは曇天で蒸してはいたが雨はなし。帰りは降って来てしまったが、梅雨なんだから仕方ない。折り畳み傘は携帯しておくべきだな。

梅雨時の夜の部、幕開けは暗ーいお話、『暗闇の丑松(くらやみのうしまつ)』。これほど暗い芝居も珍しいよねってくらいの暗さだ。救いが全くない。芸達者な役者達のおかげで最後まで見ていられるが、見ていてやりきれなくなってくる。久しぶりに福助いい役者だよなーとしみじみ思った。

場内に漂う暗さと湿っぽさを払うべく『身替座禅(みがわりざぜん)』。仁左衛門の玉ノ井に菊五郎の右京で風格もありつつおかしみに溢れた楽しい芝居になっている。この演目は好き。何度観ても面白いが、演じる役者で可笑しさのポイントが違うのもまた面白い。勘九郎と三津五郎のも軽快で良かったが。

『二人夕霧(ににんゆうぎり)』は『廓文章』のパロディにあたる芝居。鑑賞がちと難しいかも。連れは寝てたが、途中で席を立って帰ってる人も結構いた。真ん中辺りでだらだらした芝居になってしまっていて、つまらなく感じられたせいだろう。パロディとは言え、元の話を知らない人も楽しめなければ芝居としては成り立たないと思うんだが、その点では失敗か。

四月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年4月22日 23:28
  • 歌舞伎

今月は六世中村歌右衛門五年祭。そして同時に歌右衛門の芸養子である東蔵の息子・玉太郎が六代目中村松江、その更に子供が五代目中村玉太郎に襲名するというおめでたい舞台でもある。

幕開けは『井伊大老(いいたいろう)』。1年半前の10月に幸四郎の井伊直弼、雀右衛門のお静で見ているが、あまり印象がない…特に後半の井伊直弼の苦悩の部分なんて、初めて見たかのようだった。吉右衛門の井伊直弼は大きさと深さ、暖かさがあって良い。対するお静の方は魁春だったが、これが素敵に可愛い女性で、惚れ惚れとしてしまった。「一期一会」の挨拶を残す仙英禅師には富十郎で、枯れた味わいが禅師にぴったり。雲の井の歌江が好演。

お次は『口上』で、五年祭の御挨拶と襲名披露。豪華な顔ぶれなのは当然だが、又五郎、雀右衛門から勘太郎、新しい玉太郎までの幅広い世代が並んでいるのは、珍しいのではないだろうか。

『時雨西行(しぐれさいぎょう)』は藤十郎と梅玉が静かに気高く舞い踊る。しかし、筋書きとかイヤホンガイドがないと、何をしてるか全く理解不能なのは困ったものだ。

最後は『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』。仁左衛門の福岡貢、時蔵のお紺、福助の万野は皆それぞれに素晴らしく、引き込まれて見入ってしまった。襲名の松江がいい男っぷりの今田万次郎で、その恋人のお岸が可愛らしくも美しい勘太郎で、いずれも脇をしっかりと支えるいい演技だった。それにしても勘太郎のここ数年での成長は目覚ましい。これだから歌舞伎を観続けるのは止められないね。

四谷怪談 北番

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年4月18日 23:57
  • 歌舞伎

面白かった。午後1時開演で3時間半の長丁場だったが、あっという間の舞台だった。

先月見た南番よりも、更にスパスパッと話は進んで行く。三角屋敷の場面を盛り込んでいるので小仏小平、直助権兵衛の存在が際立ち、それが話をわかり易くしている。キャストと演出がまた全く違う。扇雀のうまさを堪能。勘三郎の直助権兵衛もいい。勘三郎はお岩さんもだが、これは素晴らしい。二ヶ月通しでやっているので磨き込まれてきているせいか、色香のあるいい女だった。お袖の七之助は薄幸そうな感じがよく出ている。笹野高史は面白かったが、彼を含め伊藤家の人々は演出過剰な気がした。橋之助の伊右衛門は今回の方が良かったが、それが回数を重ねた故なのか演出の違いなのか不明。でも彼の癖のなさが活きていたように思う。隠亡堀の場面は人海戦術で流れを作るという変わったやり方だったが、奇妙だが非常に有効。波の方々にはお疲れさまだが。三角屋敷の後、短くまとめた幕切れは良かった。

今回、下座音楽は全て伝統的な歌舞伎のものを使わないというチャレンジがされていたようで、胡弓や電子音が多用されていたが、すごく合っている部分と過剰で邪魔かなという部分の落差が激しかったように思う。まあ好みもあるだろうけども。幕が開くまでの音楽は椎名林檎/東京事変で統一。終幕後の開場内BGMにも同様。これらは芝居の中身によく似合っていた。

途中、渋谷一帯で停電があったそうで、一時舞台の灯りが全て消え、客席が非常灯で明るく照らされるというハプニングがあった。場面としては伊藤家から帰った伊右衛門がお岩に無心して足蹴にするところ。かなり唐突に灯りが切り替わったが、客のほとんどは「何か変な気もするが、これも演出の内かな?」と思い舞台に集中しており、まったく中断することもなく無事に復帰した。実際、カーテンコールで勘三郎が言及したので初めて停電を知って、「演出だと思った」という声があちこちから上がったくらいだ。タイミングを計って徐々に灯りを戻したのだろうが、見事な技だ。コクーン歌舞伎は、素晴らしいスタッフに支えられているのだと、改めて知った出来事だった。

四谷怪談 南番

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年3月25日 23:52
  • 歌舞伎

12年目で7回目のコクーン歌舞伎。初回はちょうど海外逃亡中で行けず、2回目はチケット取りはぐれ、3回目は超多忙中で行けず…初コクーンが『夏祭浪花鑑』再演だった。もう12年、もう7回目。ほんっとーに月日の経つのは早いものだ。

で、今回は『四谷怪談』の再演である。記念すべきコクーン歌舞伎の初演がこいつで、その時は串田和美さんは芸術監督で演出はやってなかった。串田演出では初めてとなり、しかも南番と北番ではキャストも趣向も違うという懲りよう。楽しみなことこの上ない。今日は先ず南番だ。

午後5時開演、終了が8時過ぎ。最初の2時間はノンストップでお岩さんが死んで伊右衛門がお梅たちを殺すとこまで。舞台美術はいつも通りシンプルかつ効率的。灯りの使い方も効果的。しかし2時間でそこまで詰め込むと、ほんっとーに端折ったなあって感じになる。お岩さんが薬を飲んだり、髪梳をしたりってところはやはりたっぷりと見せるし、その分だけ他はとんとんとんっと流して行ったか。筋書きを知ってて見る分には面白かったけどな。

15分の休憩を挟んで、隠亡堀から大詰めまで。ここで本水が使われるため、前3列には水避けのためのポンチョが配られ、更には被り用のシートまで渡される念の入れよう。ちなみに本日のお席は前から3列目中央やや右手寄り。舞台が近い近い。そういうわけで、ポンチョ着て、シート持って観劇。隠亡堀では大して水も来なかったが、大詰めの立ち回りではバッシャバッシャやってくれて客席も大はしゃぎ。面白がらせていただいた後に、更に佐藤与茂七が出て来て一騎打ち。スローモーションから徐々にスピードを上げて早回しへ。紙吹雪が固まりで落ちて来る不思議な演出。幕切れとしては、歌舞伎ではよくあるけど、インパクトには欠ける終わり方のように思われる。

間で、舞台番として笹野高史と七之助が鼠とお岩さんの説明、扇雀と弥十郎が出て来て北番の説明と来年のNY公演決定のお知らせ。うーん、うまいなあ。まあ超人気公演だけに、特に北番はチケット売り切れ状態らしいんだけどもな。北番では、三角屋敷の場が入るので、お袖と直助の因縁話が見られる。これがある方が四谷怪談のどろどろっぷりは際立つので楽しみ。ま、見るのは来月だし、他の人の感想でもチラチラ見ながら待っていよう。

三月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年3月 5日 20:24
  • 歌舞伎

…まあ、行った以上は感想を書こうとは思っているのだけどもさ。一言で言って、
「金払ってゲネプロ見てんのかいっ!」
と言いたくなる部分がママあり。いくら芝居は初日から楽日に向けて進化・成長するのが常だとは言え、だ。久しぶりに上旬の観劇なのでそう感じるだけで、実は毎月そんなもんなのかな。毎月見てれば、こんな月もあるのかなーなんて…思えないね。

前日の深酒が祟り沈没したJ氏をおいて、まだ東京にいた前夜の客B氏を呼び出して歌舞伎座へ。「吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)」は見ず仕舞い。

「義経千本桜 吉野山(よしつねせんぼんざくら よしのやま)」には間に合うように到着。くねくねした静御前とごっつい忠信、よろけた藤太ってのは如何なもんだろう。しかもアンサンブル悪いし。

「菅原伝授手習鑑 道明寺(すがわらでんじゅてならいかがみ どうみょうじ)」は初めて見る演目。「寺子屋」とか「車引」はよく見るのだが、どういうわけだかこれには当たったことがない。上演記録を見る限り、ここ20年は仁左衛門のとこでしか上演されてなくて、しかもそうしょっちゅうはやらない芝居のようだ。ストーリーが面白く、仁左衛門の菅原道真、芝翫の覚寿、秀太郎の立田の前、孝太郎の刈谷姫はそれぞれ素晴らしい。しかしそこに脇で絡む役者がいけない。台詞がまるっきり入ってなくて後ろから台詞付けてもらってるのが三階席まで丸聞こえ。しかも入ってないのは台詞だけじゃなくて所作ものようで、間抜けなことこの上ない。出て来ただけで芝居ぶちこわしって、ある意味すごい?いくら初役でも、今日がすでに三日目であることを思えば、やる気がないとしか思えない。少なくとも他の商業演劇じゃありえないと思う。せっかく歌舞伎を観に足を運ぶ人が増えて、歌舞伎界全体にとっていい流れになっているというのに、そんな演技をする人が一人でもいると、またも「伝統芸能ってことにアグラをかいてる」と言われてしまうよ。あんまり観客を馬鹿にしない方がいいんじゃないだろうか。

二月大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年2月11日 23:34
  • 歌舞伎

今月は久しぶりに静かな歌舞伎。誰の襲名もないし、追善もないし、安心して観ていられると言っては失礼か。それではつまらないという声も聞こえて来そうだが、あんまり毎月イベントものが続くと飽きるのだよ。

『梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)』。
幸四郎で観たのは初めてだが、台詞が聞き取りにくかった。他が口跡の明瞭な人ばかりだったので際立ってそう聞こえたのかもしれない。全体の流れも各お役の存在感も文句なしなのにもったいない。以前に観た時にも呑助は秀調だったが、もっとコミカルだったような…気のせいか?今日は哀しげな感じに演じられていた。

今月の眼目はなんと言っても『京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)』。白拍子花子の陰と陽を二人で踊り分けるという凝った作品だ。二年前に玉三郎が企画して菊之助と踊り好評だったものの再演だが、美しいことこの上ない。菊之助がいくら若手の中では飛び抜けて踊れるとは言え、玉三郎と絡むのはどうなのだろうと思っていたが杞憂であった。時に青白い炎のように、あるいは氷のように踊る玉三郎の硬質な美しさと、春の日溜まりのような菊之助の柔らかさが融合した舞台は、一瞬たりとも気を逸らす隙のない、良い意味での緊張感に溢れていた。眠気の忍び寄る暇もない。終わった後の客席は、良い舞台を観た後の華やいだ満足感に包まれていた。

最後は『人情噺小判一両(にんじょうばなしこばんいちりょう)』。菊五郎と吉右衛門は、うまい。話自体は実話をベースにしたそうだが、出来過ぎと言いたくなる筋だ。そんな風に見えてしまうことなく、人々の価値観の違いがもたらす悲劇を理屈っぽくなく見せられるのは、脚本だけでなく役者の力があってこそだろう。うまいなあと唸らされた一本であった。

壽 初春大歌舞伎・夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年2月 4日 23:05
  • 歌舞伎

いつの間にか二月。気がつけば先月の夜の部は感想も書かないままに過ぎていた。やばいー。面白くなかったわけじゃなくって、単に忙しくて疲れちゃっていたせい。反省しよう。

一月夜の部は『藤十郎の恋(とうじゅうろうのこい)』で幕開け。不倫の恋を演じるのに、実際に人妻へ道ならぬ恋を仕掛けてしまうというのは、いかにもありそうで怖い。そしてその顛末も。扇雀が初役だそうだが、良かったんじゃなかろうか。最後の最後、舞台へ出て行く前が胸に来た。

『口上』は京都の時よりあっさりしていたような。でも虎之介の初舞台挨拶もあって、壱太郎と並んで二人の孫が二人の息子と一緒に口上に連なった、というのは幸せな一家を構えているのだと思う。孫らもしっかり御挨拶できてたし。

そしてその虎之介初舞台は『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』での千松だ。御殿の場における重要登場人物をいきなり演じたわけだが、これが、文句なしの良さ。成駒屋の教育はよっぽどしっかりしているらしい。勿論、御大・坂田藤十郎は素晴らしかった。八汐の梅玉、栄御前の芝翫は貫禄。飯炊き(ままたき)の場面が普段見慣れているものと違った演出になっていたが、それでもあのシーンは眠いよーな気がする。床下の場面で幸四郎と吉右衛門が豪華共演。そこで終わられてもなー、ではあったが。

最後はおめでたのお賑やかしで、福助が『島の千歳(しまのせんざい)』、橋之助と染五郎が『関三奴(せきさんやっこ)』を踊って締めくくり。ま、無難かな。

壽 初春大歌舞伎・昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年1月14日 20:58
  • 歌舞伎

新しい年の歌舞伎座は、先月の南座に続く藤十郎の襲名披露からスタート。めでたげで良い。

最初に『鶴寿千歳(かくじゅせんざい)』。短いがめでたい舞踊。梅玉と時蔵。出がけにかかってきた電話のせいで間に合わず見られなかった。悔しい。

『夕霧名残の正月(ゆうぎりなごりのしょうがつ)』にはどうにか間に合った。しかしなんだか、京都南座で観た時と感じが違う。先月の方が良かったなあ…何だか、あっさりし過ぎ?雀右衛門は腰がやはり無理なのか、ずっと立ったまま、一度もしゃがんだりする場面がなかった。階段の上り下りも辛そう。よくちゃんと出ているなあ。

『奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)』は吉右衛門が安倍貞任で、染五郎、吉之丞などが出ていたのだが、客席睡眠率高し。福助が袖萩で頑張ってたし、子役も頑張っていたのだけど、何と言うか、地味な演目だった。

『万才(まんざい)』は福助と扇雀が美しくめでたく舞い踊っていたのだが、客席うるさすぎ。あれは踊っていても気分悪かろう。

そして最大の呼び物はやはり『曾根崎心中(そねざきしんじゅう)』。
これはすごく良かった。先月観た時も素晴らしいと思ったが、芝居としてのクオリティは今日の方が高かったような気がする。これで俄然、夜の部も楽しみになった。

新春浅草歌舞伎 第二部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年1月 3日 21:53
  • 歌舞伎

今年最初は浅草に、若手の皆様の元気を分けてもらいに出かける。

ここ数年、昼夜ともにキャスト入れ替えのみの同演目をやっていた浅草歌舞伎だが、今回は趣向が違う。第一部、第二部共通でやるのは『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』から五段目「山崎街道鉄砲渡しの場」「同二つ玉の場」と六段目「与市兵衛内勘平切腹の場」だけ。第一部は最初に『鳴神(なるかみ)』をやるし、第二部は後に『蜘蛛絲梓弦(くものといとあずさのゆみはり)』がある。今日のところは第二部のみ。

『忠臣蔵』の五・六段目と言えば、勘平の悲劇だ。勘平は勘太郎、お軽が七之助。勘太郎はやはりいいなあ。七之助も、先月、今月と、なかなかいいじゃんと思える出来。千崎弥五郎が亀鶴、原郷右衛門が男女蔵だが、これもしっかし重みがあって良い。お茶屋のおかみさんが門之助で、これは貫禄たっぷりって感じ。

『蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)』は亀治郎ワールド炸裂の舞踊もの。六変化の早変わり、蜘蛛の糸は大盤振る舞いだし、お客さん大喜び。振り回される役の七之助と獅童もいい味が出ているが、金時かと言われるとやはり七之助では線が細くて違和感あり。頼光の勘太郎は貫禄もあり、どっしりとしたいいお殿様ぶりだった。

十二月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年12月25日 23:09
  • 歌舞伎

今年の歌舞伎納め。

『恋女房染分手綱 重の井(こいにょうぼうそめわけたづな しげのい)』は子別れものの代表格の一つで、子役の力量が問われる演目。今回は子役・自然署の三吉を児太郎、母である重の井を福助と、本当の親子(父子だが)で演じられる。そのせいか、いやー、母の情と忠義心に引き裂かれる辛い重の井を、福助が見事に演じきっていた。児太郎も、なかなかに好演。七之助はこういう軽い腰元役などは現在適任。

『船辨慶(ふなべんけい)』は、今回は能のものに準じた形で演じられる。玉三郎が6月に南座で初演したものを歌舞伎座で再演となるそうだ。普段よく見るものとは趣が異なるが、静御前との別れの場と、平知盛の亡霊と対決する場が色彩的にも動きとしても対比的で美しかった。義経の薪車、辨慶の弥十郎が役に合っていてとてもいい。

最後は忠臣蔵外伝、『松浦の太鼓(まつうらのたいこ)』。弥十郎は夜の部出ずっぱりで、ここでも存在感たっぷりに基角を演じている。勘三郎の感情の起伏が激しい我が侭殿様はちょと軽すぎ。軽いからこその話なんだろうけど。勘太郎の腰元お縫が控えめだがしっかり存在感があって良かった。

年が明けると若手は浅草、歌舞伎座では藤十郎襲名披露、国立劇場もあるし、また忙しいことよのお。

十二月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年12月20日 23:51
  • 歌舞伎

今年の〆も中村屋。坂田藤十郎とは打って変わった江戸歌舞伎だ。観劇は12月18日。

まずは『弁慶上使(べんけいじょうし)』。
武蔵坊弁慶は生涯に1度しか女と契らず、また1度しか泣かず、だったそうで、それを題材に取った悲劇。そう言えば義経の正妻って静御前じゃなかったんだよなーとか間抜けなことを思いながら観る。弥十郎と竹三郎の抑えた脇が良かった。福助は…まあそんな感じ?

踊りは『猩々(しょうじょう)』と『三社祭(さんじゃまつり)』を勘太郎と七之助が二人で舞い競う。とは言うものの、勘太郎が余裕で兄の貫禄勝ち。伸びやかになったよなあ。七之助もきっちり踊るのだが、キレイなんだが、なんだかつまらない。

『盲目物語(もうもくものがたり)』は美しいお市の方の玉三郎にうっとり。哀しい女性だが、強くもある。勘三郎が弥市と秀吉を二役演じ分けるが、いずれもお市の方への執着が迸るようで、久々に凄いと思った。最後の場面、お市の方の幻と弥市が琴と三味線で合奏するシーンは圧巻。客席皆息をのんで聞き入っていた。谷崎歌舞伎、と言われれば歌舞伎なんだろうと思うが、歌舞伎と銘打たなくてもいいかもとも思う。歌舞伎と冠することで、芝居の可能性を広げているのが狭めているのか。私には判らない。

坂田藤十郎襲名披露 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年12月 4日 23:16
  • 歌舞伎

歌舞伎は、昼の部、夜の部という二部制をとるのが一般的で、たいがいは4時間程度の興行だ。本日は朝10時半に始まり、16時半近くまでのほぼ6時間に渡る、観客にとっては御馳走なのか我慢大会なのかわからない長丁場だった。

幕開けは『女車引(おんなくるまびき)』。
魁春、扇雀、孝太郎が『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ』の梅王丸、松王丸、桜王丸の妻達に扮して「車引」「賀の祝」からの趣向を軽やかに踊り継ぐ。

『夕霧名残の正月(ゆうぎりなごりのしょうがつ)』。
上方和事と言えば、という演目。藤十郎は本当に紙衣を着ている懲りようだ。雀右衛門はやはり足腰がきつそうだったが、動き回らず腰から上で芝居をしている時にはさすがと思う。秀太郎、我當、藤十郎の三人だけでのプチ口上があって幕引き。

『義経腰越状(よしつねこしごえじょう)』は、二日間の中で最も観ているのが苦痛だった。テンポが悪い。歌六、歌昇の演ずる悪役兄弟が吉右衛門に酒を勧める場面のみ面白かったのだが、その後が何ともつまらない。酔いつぶれたところまでで終わりにした方が良かったんじゃないだろうか。これと、この後に続く踊りの演目に出ていたメンバーで勧進帳か船弁慶あたりをやってくれれば、時間も短縮できて観客には御馳走だったんじゃないかな。

『文屋(ぶんや)』は仁左衛門が初役で踊ったが、まあ無難なのでは。
『京人形(きょうにんぎょう)』は菊五郎、菊之助で、息の合ったユーモラスな振りが楽しい。この菊之助の人形振りは見事見事。

『曽根崎心中(そねざきしんじゅう)』は扇雀時代、鴈治郎時代を通しての藤十郎の当たり役。千回以上も演じているそうだ。でも初めて観たんだったりする。さすがに素晴らしかった。テンポといい、演出といい、申し分ない。これは彼らの(成駒屋と山城屋?)の家の芸だろう。次世鴈治郎の誕生も待ち遠しくなる一作だった。

藤十郎は年明けに歌舞伎座でも襲名披露がある。こちらでは政岡をやるので楽しみだが、6時間は勘弁してほしい。

坂田藤十郎襲名披露 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年12月 3日 23:59
  • 歌舞伎

當る戌歳吉例顔見世興行東西合同大歌舞伎。

京都南座の師走の風物詩である顔見世興行は、今年は中村鴈治郎改め藤十郎襲名披露興行でもあり、チケットは例年にも増して争奪戦が激しかったと聞く。関西に住む友人B氏がその大変なチケットを確保してくれたので、新幹線で飛んで行った。首相が観劇に来ていて客席が騒然とする一幕がおまけに付いた。

まずは『双蝶々曲輪日記 引窓(ふたつちょうちょうくるわにっき ひきまど)』。
十月に歌舞伎座で観ているが、今回の方が面白かった。一つには南座の舞台が歌舞伎座よりも一回り小さくて、それがちょうどいい劇空間になっていたこと。そしてもう一つはテンポではないかと思う。細かい演出の違いはあるのだろうが、トントントンと進む話を気持ち良く観られたなあという感じ。やはり西の話は西で観るに限るのか?

続いては231年ぶりに復活する大名跡、坂田藤十郎の襲名披露口上。
雀右衛門が口火を切り、仁左衛門、秀太郎、東蔵、梅玉、菊五郎、吉右衛門、我當、歌六、魁春、扇雀、翫雀、そして藤十郎本人まで。首相が来たので、それに絡めたコメントをした人も。藤十郎は、歌舞伎が世界文化遺産に登録されたのと同時期に憧れの山城屋を復活できて嬉しいと言っていた。73歳で、新たに家を一つ作るのと同じような大復活名跡を継いでしまうのだから意気軒昂だ。息子達は、山城屋の良きライバルとなれるようますます精進すると言っていたが、そうすると翫雀が鴈治郎としてやってくわけかな。それもまた楽しみ。

『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』から「十種香」と「奥庭」。
八重垣姫は、当然ながら藤十郎。腰元濡衣に秀太郎。武田勝頼が菊五郎で、もったいない感は拭えなかったが、さすがに存在感はあった。吉右衛門の上杉謙信も然り。珍しいのは「奥庭」が人形振りで演じられることで、これは鴈治郎が復活させた上方風演出らしい。確か二月に国立劇場で観た時は、少なくとも人形振りではなかった。人形振りという演出自体は私は結構好きなのだが、これはどうなのかなあ…ちょっと微妙。

最後は華やかに踊りで〆めだ。『相生獅子(あいおいじし)』は芝雀と菊之助が艶やかに、『三人形(さんにんぎょう)』は松緑、孝太郎、愛之助が達者に勤めたという感じ。個人的にはこの若手勢揃い舞台を一番楽しみにしていて、そして期待通りだったと言えよう。孝太郎は風格もついて素晴らしい役者かつ踊り手になってきている。ますます注目したい。

児雷也

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年11月23日 22:17
  • 歌舞伎

新橋演舞場の『児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり)』を観に行った。菊之助、亀治郎、松緑の顔合わせ、菊五郎の演出というのは非常に楽しみ。あ、要するに菊五郎劇団か。

そしてそして、面白かった。
特に地獄谷の火粉四天とアフリカ音楽には度肝を抜かれたが、かーなり効いていてGoodな感じ。最後がほんとにスターウォーズでちょっと笑ってしまったが、他にも下座音楽でクラシックをアレンジしてたり、蝦蟇、蛞蝓、大蛇が見栄を切ったり、バランスボールやヨガを載せたりと遊びがいっぱい。歌舞伎って、もともとこういうものなんじゃないかなーなんて思えた。

吉例顔見世大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年11月20日 22:51
  • 歌舞伎

11月だし、恒例の顔見世興行である。
日程の都合で今回は昼の部は行かず、夜の部のみの観劇となった。

幕開けは『日向嶋景清(ひにむかうしまのかげきよ)』。中村吉右衛門が松貫四の名で書き下ろし、今年4月の金比羅歌舞伎で初演した作品を、いよいよ歌舞伎座で上演だ。正直なところ、これなら『俊寛』の方がよっぽどいいぞと思ってしまったが、そこはそれ、作者であり主演である吉右衛門の思い入れを楽しんで見るべきなのであろう。

二つ目は天王寺屋の跡継ぎたる中村大ちゃんが中村鷹之資と改名しての披露狂言『鞍馬山誉鷹(くらまやまほまれのわかたか)』。さすがは天王寺屋で、御本尊の富十郎は勿論のこと、雀右衛門、梅玉、吉右衛門、仁左衛門がずらりと並んでの口上であった。信二郎が後見で甲斐甲斐しく活躍。鷹之資くん、6歳にしては、弱々しいかなあとちょっと心配になった。父が長生きして芸道に励めるように、しっかり育ってくだされ。

『連獅子(れんじし)』は松本幸四郎、市川染五郎の親子獅子。前シテの狂言師の部分は良かったように思うが、後シテの獅子の毛振りが…染五郎、ちっとは父に合わせようとか思わなかったんだろうか…勢いはあったけども、幸四郎の毛振りが力なく衰えて見えてしまって残念だった。間狂言の僧で、またもや信二郎が出演。ここまで3演目全部出ている。お疲れさまなことよのお。

最後は『大経師昔暦(だいきょうじむかしごよみ)』、おさんと茂兵衛の最悪のタイミングでの偶然が悲劇となる近松の世話物だ。おさんの時蔵、お玉の梅枝、茂兵衛の梅玉で魅せた。歌六の番頭も達者で程よいおかしみ。

それにしても、中村屋の三人連獅子で全員揃っての毛振りというのは、本当にすごいものだったのだなあと改めて感じ入った。12月に歌舞伎座で彼らにまたお目にかかるのが楽しみだ。

国立劇場 11月

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年11月12日 22:18
  • 歌舞伎

久しぶりに国立劇場へ足を運ぶ。今月は『絵本太功記(えほんたいこうき)』が通し狂言として上演されているのだ。本当は團十郎が主演だったのだが、代わりに橋之助が頑張っている。

『絵本太功記』は、明智光秀の三日天下に題材を取ったお話で、本来は本能寺の変から光秀の死までの13日間を一段ずつに納めた長いものだそうだ。今回は1日目、2日目、6日目、9日目、10日目の上演で、光秀の話だけを集めているせいか、筋が理解し易かった。よく見る十段目(10日目)だけでは何のことやらわからなかった部分の謎も解けたし。脚本の再編という意味では成功なんだろうと思う。

しかし、見てるのはしんどかった。
テンポが悪いのか間が悪いのか、部分部分ではすごくいいなあと思う処もあるだけに、全体を通して見ていると疲れてしまうのは残念であった。孝太郎の蘭丸と初菊の二役は熱演。橋之助は、團十郎の代役だってことを意識してるのかなーと思わせるような演技が随所に見受けられたが、もともとそういう芝居か?十次郎役の魁春が好感。光秀母・吉之丞、さすが。

芸術祭十月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年10月15日 23:52
  • 歌舞伎

今月の昼の部は、艶やかな『廓三番叟』で幕開け。めでたく美しくコミカルに舞い踊る。

『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』。
去年3月に国立劇場で同じ演目を見た時とは、配役が違うし型も違うので、随分とまた雰囲気が違った。

岩藤の菊五郎は憎ったらしさ満載だが、どこかおかし味のある人間臭さ。玉三郎の尾上は、町人上がりの肩身の狭さから消え入らんばかりの儚さで、しかし同時に存在感はたっぷりある弱者ぶり。草履で打たれた後、一言も発さずに舞台から去るまで、抑えこんでいる悔しさ、恨み、呪詛がオーラとして出てるんじゃないかという静かな演技が凄かった。その尾上に絡む忠臣・お初の菊之助は、主人に対する愛情と尊敬が滲み出ている気持ち良さだ。最後の岩藤との対決シーン、仇討ちの必然性が際立つ忠臣振りであったと言って良いだろう。左団次の弾正も存在感たっぷりで見せた。全体として、個々の役の情念が強く感じられる面白い芝居だった。

芸術祭十月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年10月10日 22:56
  • 歌舞伎

そう言えば今月は鴈治郎が最後なのだった。十二月には坂田藤十郎になるのだものな。

夜の部の幕開きは『双蝶々曲輪日記 引窓(ふたつちょうちょうくるわにっき ひきまど)』。
ちょうど一年前に三越歌舞伎で、話のきっかけとなる部分を愛之助と獅童で観たなあなどと思い出す。今回は濡髪長五郎を左團次、母お幸が田之助、女房お早を魁春、与兵衛を菊五郎という豪華な配役でじっくり見せてくれた。しかし、せっかくの引窓、もう少し夜の情景として見せようという舞台美術上の配慮はできなかったのだろうか。全然「月の光で」というのがわからなくって、引窓を何故閉めるのかがわかりにくかったように思う。芝居が良かっただけに残念。

踊りは『日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)』。
玉三郎の人形振りが素晴らしい。本当に文楽人形にしか見えない。人形遣として気配を消しきった菊之助も誉めるべき?船頭役の薪車も巧かった.菊之助は玉三郎の演技を、あんな間近で連日見られるなんて、同じ演技者としてすごく幸せなことなんじゃないだろうか。

最後はお待ちかね『心中天網島 河庄(しんじゅうてんのあみしま かわしょう)』。
上方和事ってのは、こうじゃなくっちゃいけないんだろう。でも、雀右衛門がいつか倒れるんじゃないかと、ヒヤヒヤしっ放しだった。まあ、小春は最後の方は座ってるからいいんだけどさ。立ち上がって動く時がどうにも…御無理なさらないで下さいね、と言いたくなる感じ。いつまで舞台に立ち続けられるのだろうと…。しかし後半、座ったままで我が想いと我が決意の板挟みで嘆き悲しむ風情、戻ってきた男の姿に一瞬喜び、それをまた押し殺す固い決意を示すところ、小春という女がそこにいる凄さ。生きている限り、舞台にあるのだという意志なのだろうか。

九月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年9月25日 22:45
  • 歌舞伎

昼の部はよんどころない事情で行けなくなり、今月は夜のみの観劇となった。昼のチケットは母とその友人が二人で楽しんでくれたので、それはそれでいいか。

夜の部は岡本綺堂の『平家蟹(へいけがに)』から。今回は新演出で、最初に源平壇ノ浦の合戦、特に那須与一の扇の的の話が、絵巻物の画像と琵琶の音にのせて、白石加代子の語りで入った。これは効果的だったと思う。8年前に歌舞伎座でこの作品を見ているが、那須与一の話を知らないと、玉蟲の執念は理解し難い。知っていてすら理解しづらいのに、だ。そして、前回見た時よりもテンポの良い仕上がりになっていたようだ。おどろおどろしさはそのままで、メリハリがついたことでより強調されているくらいかも。大変面白かった。

お次は『勧進帳(かんじんちょう)』。吉右衛門の弁慶は、非常に人情味が厚く感じられて良かった。富十郎の富樫とは丁々発止で、観ていて胸のすく思い。「歌舞伎十八番の内」と謳うなら、やはりこうでなくっちゃ。

最後は忠臣蔵の外伝で『忠臣連理の鉢植 植木屋(ちゅうしんれんりのはちうえ うえきや)』。
梅玉と時蔵が熱演。設定にはだいぶ無理があるし、上方和事のじゃらじゃらともちょっと違う感じではあったが、面白くは観られた。

自分が観た舞台が面白いと、俄然、見損ねた舞台が惜しくなる。ううう。来月は昼も夜も観られるといいなあ。

八月納涼歌舞伎 第三部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年8月27日 23:37
  • 歌舞伎

コクーン歌舞伎でお馴染み、串田和美氏の演出による『法界坊(ほうかいぼう)』。御丁寧に「串田劇場(くしだワールド)」と注釈が付いている通り、もとは平成中村座で串田氏が演出を手がけて評判となった一作だ。

『法界坊』はもともとが破天荒な破戒坊主で、こいつが吉田家の御家騒動に利用されて暗躍するうちにどんどん破戒の度が進み、かどわかしや人殺しをした挙げ句に殺されて、それを恨みに悪霊となる。しかも自分が殺したお姫様に想い人を逆恨みさせて、その怨霊と一体化してしまうんだからとんでもない。その人間性の崩れ方は、串田氏自らが制作した「法界坊人形」によく現れている。このポスターにも出演した人形は、今月はずっと歌舞伎座二階にガラスケース入りで展示されており、何故だかお賽銭があげてあった。あんな破戒坊主に賽銭やってどうすんだい。

さて、肝心の芝居はどうだったか…。
『今昔桃太郎』『野田版鼠小僧』『研辰討』『法界坊』。12月から8月までの短い間に4つの現代の演出家、作家による”勘三郎好み”ともいうべき作品を観てしまったので、ちょっと食傷。1−2年に1作こういうのがある分には面白いんだけど、やりすぎるとねぇ…というのがよーくわかった。歌舞伎座にせよ国立劇場にせよ、毎月のように歌舞伎を観に足を運んでいて飽きないのは、いろんな作品をいろんな解釈や型でいろんな役者で楽しめるのがいいわけで、襲名興行の演目はバラエティに富んでいたから良かったけど、納涼歌舞伎でまでやらなくってもいいじゃない?勘三郎丈としては串田氏に歌舞伎座を体験してもらいたかったんだろうけれども、はっきり言って現在の彼の人気では、歌舞伎座でやっても来る人のほとんどは中村屋おっかけばかり。その数はとんでもなくいるだろうからチケットは売れているけど、客席のノリが異様で…楽日でもないのにカーテンコールしちゃうしね。くわっと見栄を切って終わった芝居の直後に、怨霊と武士と捕り手がにこにこと並んで手を振っていたのでは、余韻も何もあったもんじゃない。

実のところ、芝居そのものはかなり楽しんで観てたんだけど、主に、最後にスタンディングオベーションしてくれてしまった中村屋おっかけの観客の皆さんのせいでしらーっと気持ちが醒めてしまった感じ。三階席で立たれると、後ろの人は何も見えなくなるんだけど、そういうことは気にしてないようだし。咄嗟に立てない人もいるのよ?歌舞伎座は終演時間が遅いから、少しでも早く席を立ちたい人だっているし。そういう観客同士の思いやりの無さが歌舞伎座をも浸食してしまうとは、恐るべきは「人気」という魔物なのかなあ。

八月納涼歌舞伎 第一部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年8月13日 22:36
  • 歌舞伎

納涼歌舞伎は毎年恒例3部制。
本日は第一部を全部観る予定だったのだが、夏バテしてしまって、最初の(というかメインの?)『祇園祭礼信仰記 金閣寺(ぎおんさいれいしんこうき きんかくじ)』はパスした。福助の雪姫は観たかったけど、体力がないことにはどうにも。

というわけで、二つ目の演目である『橋弁慶』からの観劇。ここからだと全部で1時間強のみ。短いけど仕方ない。
『橋弁慶』は武蔵坊弁慶が獅童、牛若丸が七之助で…全然、いいとこなし。七之助が気の毒なくらい、獅童が良くない。足付きがふらつくなんて、あり得ないでしょうが。歌舞伎がベースだって言い張るなら、もうちょっとしっかりやって欲しい。おじさんを見習って、いっそ萬屋に改名したら?なんて思ってしまうさ。

不満がくすぶるままに『雨乞狐 野狐の五変化(あまごいぎつね やこのごへんげ)』が幕を開ける。皆様どうやら、直前の演目の分まで拍手喝采してるんじゃないかというほどのお出迎え。その喝采に負けない出来の勘太郎であった。ほんっとにこの人は目覚ましく成長している。先行きが楽しみ。

今日は久しぶりに3階B席、西2列。花道が見えないのは覚悟の上だったが、当日券を買ってもいいから、花道の見える席でもう一度『雨乞狐』を観てみたいかな。

NINAGAWA十二夜

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年7月17日 23:26
  • 歌舞伎

七月大歌舞伎は昼夜同一演目で、鬼才・蜷川幸雄氏が演出するシェイクスピア作『十二夜』。
当然だが歌舞伎の世界に置き換えての翻案ものとなるわけだが、かなりそのままな作劇がされていたように思う。

鑑を使った舞台美術は、とても不思議な感じがすると同時に、いろんな使い方がされていて面白かった。
最後の花咲く庭の場面では、一面の花畑のような広がりがあったし、初めの方の嵐の海も、海の広さがよく出ていた。
チェンバロを使った音楽も、美しく幻想的なこの演目に合っていた。

菊之助の演じた琵琶姫の獅子丸が、きちんと”女性が男性の振りをしている”ように見えることに驚き。
松緑の安藤英竹はやりすぎかとも思える熱演で、麻阿役の亀治郎の一皮剥けたお姐ちゃんぶりとともに楽しめた。
菊五郎は丸尾棒太夫と捨助の二役で、これがまた芝居を締めている。

勘三郎丈の試みと同様、賛否両論ある演目だったろうが、面白かったし、歌舞伎として十分楽しい。
シェイクスピアは歌舞伎によく合うんじゃないかと思わせてくれた舞台であった。

六月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年6月26日 23:01
  • 歌舞伎

三ヶ月連続の大賑わいだった襲名披露が終わり、やっと普段の歌舞伎座が戻ってきた雰囲気。
今回のお目当ては浅草歌舞伎でも演じられていた『封印切』だ。
本当は夜の部の『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』も観たくて席を確保していたのだが、体力の無さが祟って人に譲ってしまったのだ。仕事も遊びも存分にしたければ、やはり体力が大事だよなと実感したのだった。

『信州川中島合戦 輝虎配膳(しんしゅうかわなかじまがっせん てるとらはいぜん)』。
知将・山本勘助を巡る権謀術策の一話で、秀太郎の越路、時蔵のお勝で、秀太郎が断然良かった。地味な話だが。

『素襖落(すおうおとし)』は新歌舞伎十八番の内から。この前観たのは、確か橋之助のだった。今回は吉右衛門が太郎冠者で、大名が富十郎、姫御寮に魁春。橋之助のと比べると、吉右衛門では華が無くて面白みが半減な気がした。

そして『恋飛脚大和往来 封印切/新口村(こいびきゃくやまとおうらい ふういんぎり/にのくちむら)』。
まずは「封印切」。
忠兵衛は上方もの大好きの染五郎、梅川に孝太郎、八右衛門が仁左衛門、井筒屋おえんが秀太郎。最も不安なキャストは染五郎で、案の定、幕間の評判も悪かった。頑張ってるのはよくわかったんだけども。浅草の若手が熱演だったせいもあり、愛之助の忠兵衛のがどうしても良かったように思う。八右衛門はにくったらしさが男女蔵とそっくり…と思ったが、そう言えばこの人が彼に教えたんだっけな。なるほどと納得。梅川は…ごめん、そこまでいい女には見えなくて…うまいんだけどね、孝太郎…。
そんなわけで、「新口村」では梅川すごく良かった。孫右衛門の仁左衛門も熱演だし、染五郎も台詞がない分(?)良かったような気がする。

前日『桜姫』を観に行って偶然に会った友人達は、『盟三五大切』はコクーン歌舞伎のイメージが強くて…と感想を述べていたし、やはり印象の強い舞台を観ると、その後に観たものの善し悪しを素直に評価するのは難しくなるものなんだろう。

桜姫

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年6月25日 23:59
  • 歌舞伎

コクーン歌舞伎の『桜姫』。
正直なところ、あまり期待はしないで出かけて行った。

理由の一番は、出演者にあった。正確には、出演しない人がいることに、である。何分にも、これまでのコクーン歌舞伎は「勘九郎の」芝居というイメージが強かった。従って、それを大きく感じさせる結果になりはしないかと危惧していたのだ。結果として、単なる杞憂であったが。

それと、最近の福助丈の芝居に、食傷気味であったのも事実だ。襲名披露の歌舞伎座も、その前にあった12月の歌舞伎座などでも、下卑た色を前に出してることが多くて、それに飽き飽きしていたのだ。同じ調子で桜姫を演じられてはしらけてしまう。これも要らぬ心配であったが。

もう一つ大きな不安が、『桜姫東文章』という話自体にあった。
本来の筋書きでは、かなり奇想天外な、あり得ない展開で凋落していく桜姫が、最後にはあっさり元のお姫様に戻ってしまうのだ。人間関係の設定も、前世の因縁があったり、実は兄弟ってお得意のパターンがあったり、とにかく強引な上にも強引な展開なのだ。それをどう見せて、どう引っ張って、最後をどう締めるのだろう?最後の最後で肩すかしを食ったような終わり方にならないだろうか?と。

そして舞台は、素晴らしかった。
美しく清楚な姫から、”風鈴お姫”。最後の最後、赤子を抱えて桜吹雪の中、静かに狂う姫の姿。美しさと悲しさとに涙を誘わずにはいられない。
音楽、照明、舞台美術、そして役者達の演技が全て一体となって、観客を引きずり込まずにはおかない。そんな力のある芝居だった。

今回の上出来のおかげで、コクーン歌舞伎は「串田和美氏の」という見方が大きくなるだろう。まあ、もともと彼が演出をしているのだから、一貫してそうではあったわけで、これは再確認に過ぎないのかもしれない。ともあれ、次は恐らくまた2年後だろう。今から楽しみで仕方ない。

五月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年5月21日 23:10
  • 歌舞伎

これほど書きづらい感想もあったもんじゃない…。
まあ、今日は朝から出かけなくちゃいけなくて、うろうろしてて疲れてたしってことで勘弁してもらおう。

三ヶ月連続の十八代目中村勘三郎襲名披露もいよいよラスト。
夜の部は『義経千本桜 川連法目館の場(よしつねせんぼんざくら かわつらほうげんやかたのば)』で幕開け。
義経が海老蔵、静御前が菊之助、狐忠信は菊五郎だったのだが、菊之助以外はだいぶ無理があった気がする。
海老蔵は全然動かないまま、静かな中にも存在感を見せなくちゃならないって役だと面白くない。やはり動きの人なんだなあ。菊之助は綺麗だし、静御前は綺麗で芯が強くて義経だけを見ているというのが出ていたので十分。菊五郎は、あの年で狐忠信はつらいだろう。動きにキレがないし。仕掛けを使って出て来る処はいいんだけど、動きだけで魅せないといけない場面では、痛々しい感じさえした。人間の忠信の方での芝居が良かっただけに溜め息。

『鷺娘』では冒頭、場内が真っ暗になり、ぼーっとほの暗くうかびあがってきた舞台に、静かに白無垢の娘が現れる。それはもう、夢幻のごとき美しさ。のはずだったのだが、いかんせん客席がうるさい。TVでも見てるつもりなのか、隣の席の人と囁きあったり鞄や荷物をごそごそさせたりで落ち着かない。白無垢から引き抜きで鮮やかな友禅になると同時に照明が煌煌となり、それ以前の静寂/寂寥との対比が楽しめるのだが、全然静かじゃなくってしらけた。ことに玉三郎が綿帽子をとって面を現す場面において、「美しい」という言葉が小声で聞こえてきたのには失笑だった。それ、まるっきりポイントずれてないかい?自分ちで一人でDVDでも見てる分にはいちいち声かけてもらっていいけど、劇場なんだから飲み込もうよ。せめて嘆息するくらいにしておいてほしい。
そんなこんなで気がそがれてしまい、せっかくの”美しい”鷺娘の味わいが減じてしまった。残念。

『野田版 研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)』は、ものすごく評価の分かれる芝居だろう。
野田版は『鼠小僧』を観ているし、あれは歌舞伎として面白かったので期待をしていたのがいけなかったのかもしれない。
「で、『浪人街』とどこが違うって?」
と思ってしまった。確かに元の脚本は歌舞伎だろう。でも中身はまるっきり現代劇・野田芝居だ。野田芝居としても、どうなのよって感じだが。
歌舞伎に演出家を導入するのは構わないし、コクーン歌舞伎、つまり串田和美を迎えての歌舞伎は、現代劇の役者まで出ていながらにして歌舞伎だった。でも『研辰』は、演じてるのは全員が歌舞伎役者であるにも関わらず、現代の時代劇だった。何故か?

舞台美術はとても美しく、燃えるような紅葉は印象深い。回り舞台のこんな活かし方があったのかと感嘆した。
仇討ちに出かける兄弟の染五郎、勘太郎は歌舞伎を演じようとしているし、彼らが一番好印象だった。福助はやり過ぎ。いい加減にあのノリの演技を止めないと、普段の芝居にまで悪影響が出るんじゃないかと心配になる。三津五郎ははじけっぷりが楽しく、同時に家老として風格もあって良い。橋之助の坊さんは存在感があって良かった。勘三郎がはしゃぎ過ぎ?まあ彼の芝居だ、好きにしろって。
全体としては、百万遍で群がる衆目に辰次が抗議する場面あたりから後は良かったけど、それまではバタバタし過ぎてて味わいってものがない。誤解を恐れずに言ってしまえば、最近の若手芸人のつまんない宴会芸を見てるみたいだった。部分部分は面白かったんだけどね…よく笑かしてはもらったし。
歌舞伎界に一石を投じたいという勘三郎の試みとしては成功なんだろう、たぶん。

五月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年5月 7日 23:20
  • 歌舞伎

十八代目中村勘三郎襲名披露、3ヶ月連続東京公演の最終月。
今月からは七之助も当初の予定通りの役で出られているようで一安心だ。

『菅原伝授手習鑑 車引(すがわらでんじゅてならいかがみ くるまびき)』。
何故かいつも「寺子屋」ばかりあたっていて、実は「車引」を観るのはお初。
こういう役はぴったりだよなーの松王丸・海老蔵と藤原時平・左團次。
梅王丸・勘太郎は動き、表情は文句なしだが、声が頑張り過ぎて割れていたのがちょっと残念。
桜丸・七之助は、海老蔵や勘太郎のような華はないが、しっかりと形を守って演じている感じ。
杉王丸・鶴松こと清水大希くんはかわいくって頑張ってて良かった。

『芋掘長者(いもほりちょうじゃ)』は45年ぶりの再演とかで、三津五郎、亀治郎、橋之助が楽しく踊って魅せてくれる。やはり三津五郎はいいなあ。

『弥栄芝居賑 猿若座芝居前(いやさかえしばいのにぎわい さるわかざしばいまえ)』は形を変えた口上。
両花道に男伊達、女伊達に扮した幹部俳優がずらーっと並び、渡り台詞で名乗りを挙げていく。三階席からでは残念ながら各先頭の菊五郎、玉三郎の頭くらいしか見えないが、声を聞いているだけで楽しい。

『梅雨小袖昔八丈 髪結新三(つゆこそでむかしはちじょう かみゆいしんざ)』。
勘三郎のお家芸であり、新勘三郎にとってはいろいろ複雑な思いもあるでしょうがの演目。最後に父親から教えを受けたもので、父の名前を継ぐ舞台を務めるのだから、本当に万感をこめて演じているのだろう。見所たっぷり、引き込まれる。
三津五郎の二役、染五郎の小悪党が、これまたはまっていて素晴らしい。特に三津五郎の家主長兵衛、貫禄あったなあ。

三ヶ月連続興行も残すところ今月の夜の部のみ。
すっっっごく楽しみ。

四月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年4月24日 23:27
  • 歌舞伎

『毛抜(けぬき)』は去年の浅草歌舞伎で見て面白く、すごく楽しみにしていた演目だ。
かなりバカバカしいお話だが、こういう単純な作りの話は手放しで笑えていい。
浅草の時にはなかった桜町中将の出番があり、ストーリーはより理解しやすい。
團十郎の粂寺弾正は見ていて楽しかった。
この人がまた舞台に戻って来られた幸運を噛み締めながら楽しませていただく。
秀太郎の勘太郎はすっきりとした若武者ぶりが凛々しく清々しい。
しかし、白眉は悪家老・八剣玄蕃を演じた團蔵ではないだろうか。
やり過ぎなほどに憎々しく、それたまた芝居のテンションをあげている。
対等に張るべき秦民部(権十郎)がかすむようであった。

さて『口上』。
今回もお歴々が並んで壮観だが、勘太郎と並んで七之助がいるのが嬉しい。
いろいろあるだろうが、良い役者に育ってくれることを願う。

『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』は、玉三郎の八つ橋の美しさに酔わされる。
勘三郎の次郎左衛門が八つ橋に目を留め、笑みを返されて魂を抜かれてしまうのと同様、観客も彼女の虜となる。
そうでなければ、この後の悲劇は堪能できまい。
勘太郎はここでは花魁姿での登場だが、これまた美しい。
去年あたりまでは女役やると野暮ったい感じがしてたものだが、これが一皮むけるということだろうか。
七之助が綺麗なのは当たり前になっていて面白みがないんだけども、初菊の可憐さは出ていたように思う。
玉三郎と仁左衛門は、花魁とその間夫である浪人だが、やはり並ぶと溜め息が出るような美しさ。
心を切られるような次郎左衛門への愛想づかし、茶屋の人々と並んでいる心持ちで息を詰めて見守る。
そして次郎左衛門の再訪と復讐だが、八つ橋は、切られて倒れる時まで美しい。いや、倒れた後も。
・・・咄嗟に効果的な復讐の場面まで考えて、それでその場をとりなしていたのかと思うと、次郎左衛門という人の頭の回転が相当に怖いと思った。

四月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年4月16日 20:08
  • 歌舞伎

十八代目中村勘三郎襲名披露公演も二ヶ月目。
今月から七之助も復帰し、すでに来月のチケットまで売り切れている盛況ぶりだ。

『ひらかな盛衰記 源太勘富(げんたかんどう)』
源太の勘太郎が良い。
この人は先月の『猿若』も良かったが、今月は更に良くなっている気がする。
恋人の腰元・千鳥が芝のぶで、これもまたなかなか。
しかし何と言っても母・延寿の片岡秀太郎が品格、情愛を感じさせる素晴らしい出来だ。
平次は海老蔵だが、このオイシい役を元気に楽しげに演じているようで、声が冴え渡っている。

『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』
今回は珍しく押戻しまで付いており、勘三郎襲名と同時に團十郎復帰をも寿ぐ演目だ。
所化に歴々たる顔ぶれが並び、ファンとしてはたまらないご馳走。

『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』
発端となる「木更津海岸見染の場」、再会の「源氏店の場」のみである。
以前にも坂東玉三郎のお富と片岡仁左衛門の与三郎で見ているが、今回の方が与三郎のお富への恋情が強く感じられた気がする。
蝙蝠安の市川左団次が出色。

しかし、歌舞伎座では観劇時に前傾姿勢をとってはいけない!という原則が崩れて来ていて不愉快。
前の人が身を乗り出すと、3階席では覿面に後ろの人は何も見えなくなるのだ。
熱心に見入っているのはわかるんだけど、他の人のことも少しは考えてほしい。
まあ、座高の高い人が前に座ってくれちゃった時には、文句すら言えないけどね…。

勘九郎箱

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年4月 6日 23:09
  • 歌舞伎

十八代目中村勘三郎襲名記念、勘九郎の軌跡を納めたメモリアルDVDセット、勘九郎箱。
定価37800円・・・高いです、買ったけど。
しかも総重量3.8kg・・・重いし、でかいです。
でもブックレットは良い出来で、これを眺めてるだけで第一夜は終了のようだ。

箱がでかいのは、真ん中にDVDが収まるように作られた”本”の形になってるから。
凝ってる、確かに凝った作りである。
でもね、収納する場所がね、大きすぎて難しいのだよ。
百科事典と一緒に、本棚に並べるかな?

三月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年3月27日 23:32
  • 歌舞伎

十八代目中村勘三郎襲名披露の最初の月も、いよいよ本日を以て千穐楽だ。
日曜なのを幸いに、夜の部を観に出かける。

歌舞伎座に行く前に、茅場町で”きもの人”さんの本店オフィス移転開設お祝いパーティーに顔を出す。
ビルの中なのにしっかりした設えの和室で、まるで”女将さんの家”に遊びに来させてもらった感じ。
これからはここで、これまで以上にわくわくドキドキと着物と接していかれるのだろうなあと思うと、こちらまで幸せになる。
オープニング記念ラベルのワインをいただいて早々に辞去し、一路、東銀座へ。

ぎりぎり開演時間には間に合わず、舞台の音を聞きながら急いで3階まで上がる。
最初の演目は『近江源氏先陣館 盛綱陣屋(おうみげんじせんじんやかた もりつなじんや)』。
席に着くと、すでに小四郎は奥へ連れて行かれた後で、佐々木盛綱・勘三郎と和田兵衛秀盛・富十郎が出て来るところだ。
この辺りはまだ良かったのだが、後半になると勘三郎の盛綱は思い入れたっぷり過ぎてちょっと疲れた。
悪くはないんだけど。
盛綱と高綱の母である微妙は芝翫、高綱妻の篝火が福助、高綱息子が児太郎と成駒屋三代の勢揃い。
芝翫は勘三郎にとっても義父だから親だし、盛綱息子の小三郎は(小四郎を捕えて来るのだが)児太郎には従弟の宗生で、これだけ舞台と現実をだぶらせたオイシい配役ができるのは襲名披露ならではか。

踊りは片岡仁左衛門で『保名』。
許嫁の榊の前が自害してしまい、悲しみで気がふれて、榊の前の小袖を肩にかけたまま野原を彷徨う。
先月も恋しい女を思って気狂いになった男をやっていたような…だが、似合うからいいか。
歌舞伎の演目は登場人物や時代背景などがリンクするものは多いが、この保名は『葛の葉』の保名と同一人物のはずで、つまりは安倍晴明のお父上になる人なんだよなー、女運はなかったのねーとか思いながら観る。

そして本日のお目当てである『鰯賣戀曵網(いわしうりこいのひきあみ)』。
三島由紀夫の新作歌舞伎で、新作の中ではすでに古典なのだが、まだ観たことがなかったのだ。
勘三郎と玉三郎のコンビで当たりをとっている演目の一つで、ユーモラスで茶目っ気たっぷりの笑えるお芝居。
最後、ひっこみをたーっぷりと引き延ばして勘三郎を引き回していた玉三郎が心憎い。

来月もまだ襲名披露公演が続くが、どんな風に変化があるのか楽しみ。

国立劇場 花形若手歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年3月12日 23:59
  • 歌舞伎

『本朝廿四孝』を通しでというのは珍しいんじゃないかと思う。
観てみた素直な感想としては、なるほど序幕はあまり舞台にかからないわけだと納得。
ここがあると、先のストーリーはぐんとわかりやすいのだが、何と言うか、つまらない。
見せ場は勝頼の自刃かとは思うが。

片岡孝太郎の腰元濡衣は未亡人の艶とスパイとしての芯の強さが感じられた。
中村時蔵の八重垣姫はきっちり演じられていて好感が持てた。
片岡愛之助の勝頼は、というか、勝頼ってそういう役なんだけど、印象に残らない。
濡衣が、八重垣姫が、そんなに入れ込むほどの男なのか?と思ってしまう。
以前に中村雀右衛門一世一代での八重垣姫を観たが、この時も印象に残ってるのは姫だけだ。
まあだから、そういう風に演じられるのが勝頼なんだろう。

しかし何より、今回どーにも印象深かったのは、がらがらの二階席だった。
半分も埋まっていなかった。こんなの初めてだ。何故?

十八代目 中村勘三郎

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年3月 5日 23:46
  • 歌舞伎

いよいよお待ちかね!の勘三郎襲名興行。
初日は3月3日、桃の節句。
さすがに平日には行けないので、最初の週末に、昼の部を観てきた。

幕開きは『猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)』。
江戸に上ってきた京の狂言師が中村座を作った時のお話で、新・勘三郎を祝うに相応しい。
本来ならば勘太郎と七之助が二人で父の門出を飾るはずだったのに、福助が代理出演になってしまった。
しかしこれが、本当に美しくしっかりと踊ってくれて、本役よりもいいかも?の華を添えている。
その福助にひっぱられてか、はたまた弟の分もとなのか、勘太郎は動きも間も良かった。

『平家女護島 俊寛(へいけにょごがしま しゅんかん)』は幸四郎が熱演。
以前、吉右衛門の俊寛を観ているが、こっちの俊寛の方が活きる元気が感じられて哀れ。

口上は幹部連がずらっと並び、大名跡なのだと実感させてくれる。

そしてやっとお待ちかねの勘三郎が出演する『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』だ。
これは先代、つまりお父上の当たり役だったそうで、新勘三郎としてもはずせないのだろう。
一幕目・檜垣はテンポもよく面白かったが、二幕目・奥殿はちょっと寝てしまった。
雀右衛門の常磐御前は美しいのだが、どうも台詞回しが眠気を誘ってくれてしまう。
玉三郎と仁左衛門の夫婦役は嬉しいね。

それにしても、桃太郎で始まった歌舞伎人生のリスタートが桃の節句とは、こだわってるよなあ。

二月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年2月 5日 23:04
  • 歌舞伎

『ぢいさんばあさん』は森鴎外の原作を戯曲化したもの。
若い二人から年老いた二人への変化と変わらぬ夫婦の情愛を、片岡仁左衛門と尾上菊五郎がしっとりと見せてくれる。

『新版歌祭文 野崎村(しんぱんうたざいもん のざきむら)』は人間国宝がずらっと揃っての一幕。
平均年齢の高さではギネスものなんじゃないだろうか。
最初に舞台に現れた時にはどうにもこうにも…と思った役者達が、芝居し始めるとちゃんと役に見えてくるのはさすがだった。
間違ってもスチール写真だけ見てはいけない。

『二人椀久』は片岡仁左衛門と孝太郎親子の共演。
松山太夫の孝太郎が美しげに見えて良かった。
玉三郎と仁左衛門が作り上げて来た舞踊だけに演出はすごく玉三郎っぽかった。
が、それは女役をより美しく見せる演出でもあるのだなあと得心もした。
それにしても孝太郎は、ここ数年で本当にうまくなった。
これからが楽しみ。

新春浅草歌舞伎再び

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年1月25日 23:18
  • 歌舞伎

というわけで、結局、裏を返しに行ってきたのであった。
と言っても今日は第一部だから、配役は先日とは違うのだ。
『封印切』にいたっては型が違うので舞台の設えからして違うと、新年会で愛之助丈が言っていたので更に楽しみ。

まずは御所五郎蔵が中村七之助、星影土右衛門が市川男女蔵で『御所五郎蔵』だ。
男女蔵の方が愛之助よりは土右衛門らしいんじゃないだろうか。
さすがに父の域にはまーだまだ、と思われたが。
七之助は・・・うーん、そもそもその着ぐるみ状態はきっついよなあ。

『春興鏡獅子』は市川亀治郎が、清楚な女舞の胡蝶を従えて優美に踊った。
美しかったし巧かったと思うが、七之助のあのわけのわからないパワーもいいかなと思わせる出来だった。
去年の狐忠信が良かったのでと、期待しすぎたかな。

『封印切』は亀屋忠兵衛が亀治郎、八右衛門が愛之助、梅川は七之助だ。
これは第二部のとどっちがいいとは言えない。
別物のような芝居になっているのだもの。
演出の仕方でこうも変わるものかという良い見本じゃないだろうか。
最後の場面がまるっきり違うやり方になっているのだが、それも好き嫌いあるだろう。
梅川と忠兵衛の恋は、第一部の方が伝わってくるかな。
ここまで違うのを昼夜できちんと演じ分けた井筒屋おえん・門之助に拍手。

壽 初春大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年1月23日 23:20
  • 歌舞伎

今年初めての歌舞伎座は、歌舞伎十八番の内『鳴神』からの観劇だ。
この演目は俗っぽくって好き。
初っ端から黒雲坊と白雲坊は酒や肴を隠し持ってて怒られるし、修行僧にあるまじき怠惰さだし。
厳しい修行を積んだはずの鳴神上人は雲の絶間姫の色仕掛けにころっとやられるちゃうし。
雲の絶間姫は深窓の令嬢のはずなのに、色仕掛けした上に酔いつぶして秘密を聞き出し、雨が降るや脱兎のごとく逃げ出すし。
姫に騙されたと知った鳴神が、邪悪なものに変化して追いかけて行く最後も勢いがあっていい。
三津五郎と時蔵の達者な芸を堪能できる出来だった。

二つ目は『土蜘蛛(つちぐも)』。
吉右衛門の土蜘蛛が鬼気迫る形相で怪しさ大爆発。
こういう能から来た演目は、独特の空間美があっていいなあといつも思う。

最後は『新皿屋敷月雨暈 魚屋宗五郎(しんさらやしきつきのあまがさ さかなやそうごろう)』。
幸四郎の宗五郎がすごくいい。
普段は義理人情に厚く筋目正しい男が、酔って目が据わって本音が出て殴り込みに駆け出して行く。
その流れがごくごく自然に感じられた。
女房おはまの時蔵も、夫を心配して必死になる世話女房がいい味わい。
敵役・岩上典蔵の松本錦吾、家老・浦辺十左衛門の市川段四郎、殿様・磯辺主計之助も自然で良い。
でもこれって、結局のところは、酔っぱらいが酔っぱらいを許し合うって話かい?

新橋演舞場 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年1月16日 22:47
  • 歌舞伎

『鳥辺山心中(とりべやましんじゅう)』は海老蔵襲名のパリ公演で大喝采を浴びた演目をそのまま再演とのことで注目。
海老蔵と菊之助の美しさ、舞台美術の美しさ。
本当に舞台の上に、冷たい冬の夜の冴えた月がかかっているようだった。

『六歌仙容彩 文屋 喜撰(ろっかせんすがたのいろどり ぶんや きせん)』は踊りの演目。
文屋・尾上松緑が官女たちとコミカルにかけあい、踊り合うのは、一歩間違えば冗長になりそうなものを巧みにまとめている。
さすがは踊りの名手。
喜撰は尾上菊五郎で、菊之助の茶屋娘との連れ舞いが軽やか。

最後はお待ちかね市川團十郎が登場。
『曽我綉俠御所染 御所五郎蔵(そがもようたてしのごしょぞめ ごしょのごろぞう)』。
若者達の浅草歌舞伎と唯一今月重複しているのが、その最初の場面「五条坂仲之町甲屋の場」だ。
五郎蔵は團十郎、星影土右衛門は左團次で、因縁からむこの出会いの場は、かっこいい、の一言につきた。
続く奥座敷の場は、傾城皐月の福助が一途なために愚かな選択をして悲劇の幕を切ってしまう。
皐月の思いを知らず、ショックと怒りに震える五郎蔵が真に迫る。
とりなす傾城逢州・松也は堂々たる傾城ぶりで、さすが若殿様の寵愛を受けるだけのことはある。
左團次の土右衛門は、皐月を言葉巧みに追いつめていく場面が最も憎々しくて良いのだが、最後の対決の場で怪しい力を発揮する超人ぶりも面白い。
期待を裏切らない素晴らしい舞台であった。

『野田版 鼠小僧』

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年1月15日 22:48
  • 歌舞伎

松竹シネマ歌舞伎第一弾として、一昨年の納涼歌舞伎で上演された『野田版 鼠小僧』が映画館にやってきた。
ある一日の公演を、あらゆるアングルから撮影し再構成したもので、勿論音響はサラウンド。
N○Kの芸術劇場の拡大判だろうと思いながらも、初日の舞台挨拶で勘九郎が来るってんで観に行った。

野田秀樹はすごい。
彼の劇作家としての才能は誰しも認めるところだろうが、歌舞伎まで書けてしまうとは。
面白くって可笑しくって、やがて哀れな物語。
正直なところ、いくら勘九郎と仲が良くって素晴らしい劇作家だって言っても、歌舞伎座で演じる歌舞伎を書くなんてって思っていた部分があった。
でも観たらそんなのは杞憂だったとよくわかる。
同時代に生きてる作家に、新作歌舞伎を書き下ろしてもらえるなんて…上演を許可した松竹もえらい。
勘九郎は、本当に”人”という財産に恵まれた役者なんだと思う。

新橋演舞場 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年1月10日 23:37
  • 歌舞伎

今月歌舞伎は忙しい。
歌舞伎座、浅草歌舞伎、国立劇場、新橋演舞場と、競うように面白そうな演目をやっているからだ。
目移りするくらいなら、いっそ観てしまえ!と思い切って、新橋演舞場の寿新春大歌舞伎を観てきた。

『彦山権現誓助剣 毛谷村(ひこさんごんげんちかいのすけだち けやむら)』は菊之助と海老蔵の若いコンビ。
海老蔵は、昨年の襲名初日以来に観たが、随分と貫禄が着いてきた。
自分が主役で大きいイベントを一年こなしたわけだし、すごく成長したんだなと関心。

踊りは尾上松緑で『奴道成寺(やっこどうじょうじ)』。
うまいなーとひたすら関心しつつ眺める。
踊りは全然わからないこともあるのだけど、巧い人が踊るとちっとも眠くならないのが不思議だ。

『人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)』は、元は三遊亭円朝の落語から起こされた芝居だ。
歌舞伎の世話物としても定番の一本で、今回は尾上右近襲名披露も兼ねての上演となる。
尾上右近て誰だ?と思ったら、これがびっくり、子役としてなら知っていた岡村研佑くんであった。
岡村研佑と言えば、海老蔵襲名披露公演で海老蔵と並んで声がかかっていた人気もの。
お父上は清元の方で、血筋としては尾上菊五郎に連なる家系らしく、鳴り物入りの襲名となったわけだ。
でも確かに出来はいいんだろうと思われるので、将来に期待である。

もひとつ嬉しいねえと思わせてくれたのは、市川團十郎の復帰した姿だ。
フランス公演には出ていたらしいが、東京での舞台は久しぶりだもの。
同じ舞台に息子の海老蔵、盟友でもある菊五郎、菊之助もいて、安心して務めている感じ。
口上では尾上右近襲名祝いというより團十郎復帰祝いのようだった。
夜の部も観る予定なので、團十郎の五郎蔵が楽しみだ。

新春浅草歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2005年1月 9日 23:40
  • 歌舞伎

正月の浅草と言えば、もちろんこれでしょ!
今年も行って参りました、若手が頑張る浅草歌舞伎。
今回は第二部、挨拶は中村亀鶴さんで、始まり始まり。

まずは『御所五郎蔵(ごしょのごろぞう)』。
一番有名な「仲之町出逢いの場」だけだが、まあオイシい場面だし。
御所五郎蔵が中村獅童、星影土右衛門が片岡愛之助、どちらが色男だかわからない格好良さ。
獅童は背が高いから、すっきりした着流しが似合うんだよなあ。
愛之助は顔がいいので、色男に見えちゃうんだよね、野暮な侍のはずなんだが。

『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』は中村七之助が小姓・弥生/獅子の精に初挑戦。
胡蝶が橋之助さんとこの長男、次男だったけど、ちょいと長男ころころ過ぎ?
肝心の七之助は、小姓はさすがに可憐でよろしかったし、獅子の精も決めるところはぴたっと決めてた。
初めの一歩としてはまあまあ、かな?

最後は『恋飛脚大和往来 封印切(こいびきゃくやまとおうらい ふういんぎり)』。
蜷川幸雄が舞台としても作っているので梅川の恋の話として知られてきたかも。
主役のボンボン・亀屋忠兵衛を片岡愛之助、追いつめてくことになる悪友・丹波屋八右衛門を市川男女蔵。
脇で重要な井筒屋おえんを市川門之助、梅川を市川亀治郎での上演だ。
いや、もう、本日一押しの出来であった。
言うことなし。

去年もだったけど、やはり今年も、観てない方の舞台を観たくなる面白さ。
さて、どうしようかな。

五代目 中村勘九郎

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年12月26日 23:19
  • 歌舞伎

今日で中村勘九郎としての歌舞伎は見納めだ。
熱心なファンが多い勘九郎だけあって、一幕見も長蛇の列ができている。

楽日夜の部は『御存 鈴ヶ森(ごぞんじすずがもり)』から始まる。
七之助と白井権八に橋之助の幡随院長兵衛だが、どちらも若すぎるというか線が細すぎる。
目には美しくていいのだけどなあ。

玉三郎は『出雲の阿国夢華(いずものおくにゆめのはなやぎ)』で段治郎と連れ舞い。
さすがに格の違いがありありで、段治郎がかわいそうな気がしてきた。
はっきり言って段治郎は、背も高いし顔もいい。
絵面としては釣り合うのだけども、動くとね…。

『たぬき』は三津五郎と勘九郎の黄金コンビが、人情話をたっぷりと魅せてくれる。
三津五郎の味があることったら、最後の引っ込みの泣き笑いは、ほんと、ぐっと迫ってきた。

そして幕引きは自身最高の新作だろう『今昔桃太郎(いまはむかしももたろう)』。
盟友・渡辺えり子女史の書き下ろし狂言だ。
かなりバカバカしいお話に仕上がってるけど、勘九郎の魅力が満載された、いい作品だと思う。
何より、彼が役者としてだけじゃなく、どんなに人としても愛されているかよくわかる。
作品冒頭では、舞台にしつらえたスクリーンで、初舞台の桃太郎がダイジェスト上映され、そこから”現在の”桃太郎をとりまく状況へとスライドさせていく。
かいつまんで言えば、鬼が復讐にやってくる、なのだけども、その復讐の仕方がばかばかしくっていい。
あの怪しい鬼踊りを踊らされた人達は大変だったと思うけどね。
盛り上がりに盛り上がって、最後まで突っ走った感じだが、楽しかった。
万雷のカーテンコールが鳴り止まず、勘九郎が自ら幕を引いての終演。
本当に一区切り、と感じられたよ。

十二月大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年12月25日 20:46
  • 歌舞伎

勘九郎は今年いっぱい。
締めは歌舞伎座だ。

『八重桐廓噺 嫗山姥(やえぎりくるわばなし こもちやまんば)』の福助はとてもいい。
信二郎の源七あってこそかもしれないが、烈女とはこういう女性だろう。

『身替座禅(みがわりざぜん)』は勘九郎と三津五郎のコンビがやはり秀逸。
三津五郎の奥方玉の井がかわいくて怖くて素晴らしい。
橋之助の太郎冠者も情けなくて面白い。
勘九郎の右京はもちろん言うことなし、よく似合っている。

『梅ごよみ』は深川芸者の恋の鞘当て話で、色男の丹次郎は単なる狂言回し。
主役は芸者の仇吉と米八、それを玉三郎と勘九郎が演じるこれまたお得意の演目だ。
でも初めて観るんだよな、実は。
気っぷのいい辰巳の姐さん方がよくお似合いで、お二人とも。
決めに「しらけるねぇ」とは良かったなあ。

やはり芝居は中村屋?という気にさせてくれる舞台だった。

十二月の国立劇場

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年12月18日 23:23
  • 歌舞伎

母と二人で松本幸四郎、市川染五郎親子が共演する十二月歌舞伎公演を観に行った。
演目は、先ずなかなかお目にかかれない『花雪恋手鑑(はなふぶきこいのてかがみ)』。
上方和事のちゃらちゃらに、ギター侍などの流行りものを絡めての力演。
しかしなんだか観ていて疲れちゃいました。

さすがに見事な『勧進帳』。
芸の力、というのはすごい。
染五郎、精進しろよ。

丹下左膳

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年12月12日 23:17
  • 歌舞伎

中村獅童が新橋演舞場で丹下左膳をやるというので行ってきた。
夏にテレビでもやっているのだが、それは見そこねたのだよな。

話はよく知られた「こけ猿の壺」を巡る話。
脇を固める役者さん達も皆芸達者で、安心して楽しめた。
これで今年の獅童の舞台は全て観たことになるが、今日が一番文句なく良かった。
まあ、『浪人街』と話がかぶって見えるのはどうしようもないが。

オープニングの、過去の丹下左膳達をスクリーンで見せるアイディアは秀逸だ。
出て来方に勢いがあって、ぐいっと引き込まれる。
回り舞台の中央に作った仕掛けを場面に応じて、いろんな場所に見立てる方式も、ストーリー展開にテンポをつける上で、すごく良かったと思う。
花道も活かされていたし、最後のカーテンコールまで、とにかくサービス精神に溢れた舞台だった。

来年以降も、更に良い舞台を見せてくれることを期待したい。

11月歌舞伎・夜

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年11月20日 23:31
  • 歌舞伎

本日は待望の夜の部。
『鬼一法眼三略巻 菊畑(きいちほうげんさんりゃくのまき きくばたけ)』は、”犬神家の一族”で菊人形になっていた場面。
・・・まあ、こういう覚え方もどうかと思うが、菊人形のシーンで金田一がすらすらと解説してたくらいだから、昔からよく知られているお芝居なのだろう。
前半の鬼一法眼・富十郎と智恵内・吉右衛門の対話部分は味があって良かった。
福助の皆鶴姫は可愛らしいが、虎蔵が芝翫で、ちょっとぶち壊し?

『廓文章 吉田屋(くるわぶんしょう よしだや)』は「玩辞楼十二曲の内」と銘打たれている。
さすがに鴈治郎の伊左衛門は巧みで、滑稽だが可愛らしくて品がある。
雀右衛門が先月より元気そうで安心した。

『天衣紛上野初花 河内山(くもにまごううえののはつはな こうちやま)』は去年秋に国立劇場で観ている。
その時は河内山だけでなく直侍も幸四郎が演じての通し狂言だった。
すごく役と合っていて面白くて、おかげで「河内山と言えば幸四郎」とインプットされているくらい。
直侍は色男ってだけでもいいけど、河内山は風格がいるから。
今回は仁左衛門の河内山だというので、期待よりも不安が大きかったのだが、案に相違した。
十分に恰好良い河内山で、最後の決めも気持ちいいっ。
仁左衛門に、惚れ直してしまったかも。

来月は勘九郎が、勘九郎として最後の歌舞伎座を勤める。
寂しい気もするが、楽しみだ。

11月歌舞伎・昼

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年11月 6日 23:18
  • 歌舞伎

11月は”吉例顔見世大歌舞伎”。
吉右衛門、仁左衛門、鴈治郎、左団次、富十郎、福助、梅玉などなど。
華やかな顔触れが揃っている。

昼の部幕開けは、最近すごくいいと思っている孝太郎が、またも頑張る『箙の梅(えびらのうめ)』。
お次は鴈治郎で情緒たっぷりの『葛の葉(くずのは)』。
葛の葉の子別れのシーンは素晴らしい。
『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』は吉右衛門の関守と福助の傾城の掛け合いが見事だ。
最後は、片岡千之助くん初舞台。
仁左衛門、孝太郎と三代揃った『松栄祝嶋台(まつのさかえいわうしまだい) お祭り』だ。
千之助くん、結構しっかり演技してて、客席は大喜び。

今日は「歌舞伎をあまり見たことない」という方々と一緒に行ったのだが、バラエティに富んだ内容で満足いただけたようだ。
幕の内弁当も食べたしね。

三越歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年10月16日 23:59
  • 歌舞伎

日本橋三越には、三越劇場という514席の小さな劇場がある。
今月はそこで”三越歌舞伎”と銘打った若手歌舞伎が上演されている。
演目は『双蝶蝶曲輪日記』『弁天娘女男白浪』。
出演するのは市川亀治郎、片岡愛之助、中村獅童。

デパートの中をエスカレーターで上がっていくと、劇場入口正面に着く。
入り口からずっと花・花・花。
そのほとんどが獅童あてのもので、彼の現在の勢いを強く感じさせる。
グッズ販売は、歌舞伎初心者も多いことを当て込んでの歌舞伎本からTシャツまで各種あり。
お弁当とビール、お茶なども売られており、昼ご飯用の芝居弁当を買って着席。
席は2階だが、劇場自体が小さいので、舞台がものすごく近い。
奥行きも巾もない、本当に玩具みたいな舞台だった。
全然歌舞伎を観たことないって人から、メモをとりつつ観る強者まで客層は広い。

さて肝心の舞台だが、ちょっとがっかり?
仁左衛門似の愛之助は、双蝶蝶での放駒長吉と与五郎が良かった。
獅童の濡髪長五郎も、どっしり感は出ていたか。
弁天娘は亀治郎の独壇場だったが、台詞回しがややゆっくり目で、ちょっとじれったい。
彼の美しさのおかげで、目には楽しい浜松屋の場だったことを割り引いても、まあまあ。
獅童の南郷力丸は軽かったかなあ。

この前に同じ演目を観たのが、勘九郎と三津五郎のものだったので、ついつい辛くなったかも?

芸術祭十月大歌舞伎・夜

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年10月 2日 21:11
  • 歌舞伎

本日が初日。
夜の部は『井伊大老』『源平布引滝 実盛物語』『雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち) 直侍』だ。

『井伊大老』は初代松本白鴎の追善狂言だそうで、息子の幸四郎が井伊大老を演じる。
この白鴎さんは、亡くなる前年まで32年間ずっと松本幸四郎をやっていたそうで、自分・息子・孫の3世代揃っての襲名公演をやった2ヶ月後にこの世を去っている。
ひょとして、現・幸四郎がずっと幸四郎のままなのは、験担ぎなのか?
それにしても地味な芝居で、客席の居眠り率高し。
久しぶりに雀右衛門が出ているが、いかにもお年よりでハラハラした。

『実盛物語』には左団次・男女蔵・男寅の三代が出ている。
一番いい役なのは男寅くんで、それを支える祖父・左団次がいい感じ。
男女蔵はちょい役のみ。
このところ歌舞伎座出演が続く孝太郎が今月も出ており、葵御前を演じている。
台詞は少ないが、舞台の進行と無関係に脇で演技を続ける必要がある難しい役で、健闘していると言えよう。
肝心の実盛には父・仁左衛門だが、男寅くんとの絡み以外は、大して印象に残らない。

『直侍』は昨年、国立劇場で『天衣紛上野初花』を幸四郎が通し上演したのでも観ている。
蕎麦屋の場は細かいところまで気が行き届いていて、出色じゃないだろうか。
菊五郎の直次郎に、時蔵の三千歳だが、この直次郎はどうも三千歳は邪魔だと思っている節が?
最後の捕物、「もうこの世じゃ会わねえよ」がカッコ良かった。

九月大歌舞伎・夜

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年9月26日 23:50
  • 歌舞伎

イタリア旅行の疲労が抜けないままの観劇なので、ちょっとしんどい。
『恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな) 重の井』では、子役・三吉の中村国生がすごく良かった。
昼の部では失礼にもただのおでぶちゃんだと思ったんだけど、うまいじゃないか。
重の井役の芝翫に一歩も引けを取らない出来だと思う。

昼同様に、夜も五世中村福助追善狂言があり、孫にあたる福助・橋之助が『男女道成寺』を舞う。
これにも宜生ちゃん初舞台の口上が付いており、児太郎も出演している。
道成寺ものは、それにしても、やはり美しいよなあ。

『蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)』は黙阿弥の世話物。
勘九郎と三津五郎はさすがの巧さだが、話自体が中途半端なのでなんとも。
いっそ最後、斬り合いの場面で睨み合せて終わった方がいいくらい。

九月大歌舞伎・昼

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年9月11日 23:36
  • 歌舞伎

夏の暑さも一息ついて、歌舞伎ファンには嬉しい秋興行が始まる。
今年の九月は中村橋之助・三田寛子夫妻の三男坊が初舞台だ。
9月10日で3歳という彼のデビューのために書かれた祝いの脚本で、祖父、父、伯父、兄2人、従兄までが揃うという豪華さ。
本人は記憶できないかもしれないけど、家族にはすごく意味のある舞台だろう。

しかし、昼の部いちばんのお勧めは”五世中村福助七十年祭追善狂言”と謳われた『一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)』だろう。
肺結核で34歳で亡くなった現・福助の祖父にあたる五代目が演じたお蔦を福助が、勘三郎の当たり役だったという駒形茂兵衛を勘九郎が演じている。
これがものすごくいい。
勘九郎って、やっぱりすごい役者なんだと、改めて唸ってしまった。
勘九郎じゃなくて、駒形茂兵衛がそこにいる、そんな芝居だった。
福助の酌婦も、崩れすぎてなくて、せつなさがあっていいしね。

『茶壺』では三津五郎の至芸を堪能。
勿論それは、秀調と翫雀のきっちりした芸があってこそだが。

夜の部観劇は月末になる予定だが、これもまた、楽しみだ。

八月納涼歌舞伎・3部

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年8月28日 23:32
  • 歌舞伎

歌舞伎座に足を運ぶようになって10年以上になるが、カーテンコールもスタンディングオベーションも初めてだ。

今日の第3部は勘九郎さんお得意の『東海道四谷怪談』。
まるでコクーン歌舞伎か平成中村座のようだと思う演出もあり。
戸板返しや提灯抜けなどの仕掛けが有名な演目だが、見せ場はやはり2幕目だろう。
お岩が毒を飲まされて、結局は命を落とすことになる部分だ。
お岩の相好が崩れる変化はあるが、それ以外に仕掛けはなく、芝居としてとても面白い。
勘九郎の女役は、実はあまり女らしくないといつも思っていたのだが、今回は女にしか見えなかった。
女の情念まで感じられて、伊達に「当たり役」と言われているわけじゃないのがよく分かった。

それにしても、だ。
予想通りの面白さ楽しさで、満足はさせていただいたが、カーテンコールになるとは思わなかった。
やはり普段から歌舞伎座の外で、勘九郎芝居を観ている観客が多いからなのだろうか。
それとも千龝楽だからか?
悪いとは思わないけど、1部や2部の出来が良いことを思うと、3部だけにカーテンコールが許されてしまったのは納得がいかない。
NY公演成功の御褒美ってことにしとうか。

八月納涼歌舞伎・1部

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年8月28日 15:17
  • 歌舞伎

さてさて今日は千龝楽。
いかな仕上がりとなっておりますか、お立ち会い、お立ち会い。

先ずは『元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿』で、若手達の熱演を堪能する。
富森助右衛門の中村勘太郎がすこぶる付きで素晴らしい。
対峙する綱豊卿、市川染五郎もまさに力の拮抗する出来栄えで、本当にワクワクした。

話の流れを紡ぐのに重要な役割を果たす江島役の片岡孝太郎がまた良い。
先週観た2部の奥方も良かったが、今回の江島も存在感たっぷりの良い役者ぶりであった。
中村七之助は、まあ、困った顔が良く似合うなあ。

代わって『蜘蛛の拍子舞 花山院空御所の場』は、ベテランチームがたっぷり魅せる。
福助の女郎蜘蛛と勘九郎の坂田金時に客席大喜び。
いやー、やっぱり蜘蛛の糸播き(?)って楽しい。
どうして最後に蜘蛛を見逃してしまうのかは理解できなかったのだが、面白いからいいだろう。

さあ、昼寝して次の3部に備えるぞ。

八月納涼歌舞伎・2部

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年8月22日 23:50
  • 歌舞伎

八月の納涼歌舞伎は、お馴染み3部制なので見方に悩む。
今日のところは2部のみ。
立ち回りが楽しみな『蘭平物狂い』と、昭和41年が初演というから現代作品の『仇ゆめ』だ。

まずは『蘭平』だが、ちょっとしか出番のない孝太郎の行平妻が、風情が出ていて良かった。
この芝居は”物狂い”のシーンと、後半の立ち回りが有名なのだが、いずれも素晴らしかった。
特に立ち回りは、やんややんやの大喝采である。
あれだけやってくれると気持ちいいね。

『仇ゆめ』の方は、正直なところ、全然知らなかったので期待もせずに見に行った。
ところが、これが面白い!
舞踊劇なのだが、喜怒哀楽に富んだ構成で、思いっきり笑わせてくれた後に、せつなく終わる。
福助の花魁と、児太郎の禿のからみが自然でいい。
勿論のことだが、勘九郎の狸は出色の出来だと思うなあ。
勘三郎襲名まであと少し、寂しくもあり、楽しみでもあり。

勘九郎、NYへ行く

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年7月27日 23:05
  • 歌舞伎

今月、暑いNYで、平成中村座が『夏祭浪速鑑』を公演した。
ニュースで聞く限り、大盛況だったみたいでホッとしている。
で、今日はその公演の舞台裏を密着取材したというフジテレビの番組があったのだ。
勘九郎と、彼の親・子らを紹介しつつ、NY公演までの苦労話を綴る、という構成だ。

すっごく昔の勘三郎さんの舞台や、若い勘九郎さんの舞台、勘太郎・七之助のやんちゃ時代のフィルムまで、いろいろ見られて楽しかった。
本当に貴重なショットもあったし。
しかし、番組の最初と最後でほぼ同じシーンをそのまま使うのはいかがなものか。
同じシーンが3回くらい流れてて、いい加減うんざりだったぞ。
さすが民放と言うべき?

玉三郎と猿之助一座

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年7月18日 12:07
  • 歌舞伎

毎年7月の歌舞伎座は市川猿之助一門が公演を打つのだが、今年は当の御大が病気療養中。
どうなるものやらと思っていたらば、なんと玉三郎が猿之助一座を率いてやることとなった。
中心となる演目は『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)』。
玉三郎が19年ぶり?の白菊丸と桜姫を演じ、相手役を猿之助一座若手の段治郎が勤める。

上の巻と下の巻に分けて、昼夜で通しという観客にはちと辛い公演だったが、見応えは十分であった。
玉三郎の美しさ、巧みさは、今更に言うに及ぶまい。
その相手として、段治郎は本当に頑張っていると思う。
去年の伊右衛門もだが、今回の権助も色悪と呼んでいい役柄で、とにかくこういう役は似合う。
清玄が段々に狂っていく様子もよく出ていた。
かなり情けないストーカーにしか見えなかったけど・・・そういう役か。

昼の部の幕開けは岡本綺堂の傑作、『修禅寺物語』。
舞台美術が溜め息のでるほど素晴らしかった。
役者さん達のテンションも非常に高く、緊張感溢れる良い舞台であったと思う。
今月の一押し。

最後の締めは市川右近が宙乗りを勤める『義経千本桜 川連法眼館』だが、右近の声がかなりきつくて耳障り。
動きはさすがだったのだが、いっそ無言でやってくれと思ってしまった。

しかし全体を通してみれば、いつもの猿之助歌舞伎じゃないので、派手なものはなかったけど、すごくしっかりした作りの良い作品を、一生懸命にやっているのが好印象な公演だった。
玉三郎の指導のもと、古典もできるぞ!という自信が付いたのではないだろうか。

チケット争奪戦

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年6月16日 00:21
  • 歌舞伎

海老蔵襲名の影響なのか、歌舞伎への関心が高まっているのは喜ばしい。
しかし、チケットが取りにくくなっているのは困ったものだ。
襲名披露公演の2ヶ月目にあたる6月は、まるっきり、電話回線すら繋がらなかった。
繋がった時には、当然、チケットは売り切れていた。

七月は海老蔵じゃないし、猿之助歌舞伎だけど猿之助さんは休演だし、マシかと期待した。
が、やはり電話は繋がりにくく、結局のところはe-plusとチケット松竹の二本立ててなんとか一日通しを確保することが出来た。
玉三郎さんが出るからか?
それとも、猿之助組って、実は若手の方が人気あるのか?(爆)
かく言う自分らは玉三郎と段治郎を観に行くのだけどさ。
あ、春猿も忘れちゃいけなかったかな。
とにかく楽しみ楽しみなり。

海老蔵襲名披露

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年5月 1日 23:31
  • 歌舞伎

十一代目市川海老蔵襲名披露五月大歌舞伎。
今日は初日で、成り立ての海老蔵を観に、歌舞伎座まで行ってきた。
本当は夜の部の「口上」も観るのがいいのだろうが、丸一日はつらいので昼の部だけ。
要するに、「初日の初舞台を観た!」と。

海老蔵の出番は、歌舞伎十八番の『暫』と『伊勢音頭恋寝刃』。
『暫』で花道に出てきてから、舞台中央で見得を切るまでの発声は、ちょっといただけなかった。
こんな声しか出せない役者が海老蔵襲名をしていいのかと、だいぶ不安になったくらい。
けれど、徐々にいい声になっていき、最後は安心して見られた。
『伊勢音頭恋寝刃』は世話物だし、歌舞伎独特の発声ってわけではないのですっかりリラックスして見られた。
「親子円満」の掛け声には笑っちゃったけど。

まだまだ頼りない印象があるのは仕方ないが、歌舞伎の大名跡を継いだのだから、これからはつまんないスキャンダルなんぞに振り回されずに精進していただきたい。

勘九郎かわら版

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年4月26日 23:46
  • 歌舞伎

昨日のハンガリー戦について読むために、駅の売店でスポニチを購入した。
トップと2面だけの記事だったが、まあこんなもんだろう。
パラパラと見ていたら、芸能面に勘九郎さんの聞き書き連載、『勘九郎かわら版』が載っていた。
毎週月曜日に書いているとのこと。ノーチェックでした。

今回は先週急逝された坂東吉弥さんのこと、その弟で今月の舞台を一緒に勤めている坂東弥十郎さんのこと。
本人の人柄や舞台の思い出、悲報を聞いた直後に喜劇である『棒しばり』を踊らなければならなかった弥十郎さんの姿。
前回の『棒しばり』を、勘九郎さんは吉弥さんと勤めていたとか。
歌舞伎ファンとしては、涙なしには読めない記事になっていた。

明日がお通夜で、明後日がお葬式。
今日が千秋楽の弥十郎さんには、この数日はつらい舞台だっただろう。
けれど、そのつらさを無理に飲み下して勤められていた舞台。
そう思って振り返ると、土曜の芝居はまた、幸兵衛としてではなく、暗さのあったものだったかもしれない。
他の方の観劇記で、25日のを「はしゃぎ過ぎくらいの棒しばりだった」とされていたが、それは彼らの虚勢だったか。
自分の目で観ていないので、推測の域は出ない。

白浪五人男

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年4月24日 13:44
  • 歌舞伎

今月の歌舞伎座夜の部は『青砥稿花虹彩画 白浪五人男』(あおとぞうしはなのにしきえ しらなみごにんおとこ)。
仁左衛門、勘九郎、三津五郎、福助、信二郎の五人男という豪華な顔合わせ、見逃すわけにはいくまい。

さて、白浪五人男と言えば、なんと言っても台詞のカッコ良さで知られる作品だ。
濱松屋の場での弁天小僧、勢揃いの場での五人の名乗り、初瀬寺の日本駄右衛門。
調子のよいの台詞回しが気持ちいい。
しかしストーリーは意外と知られてないんじゃないだろうか。
なかなか通しでやってくれることは少ないので、私も初めて全編を通して観たのだが、こんな話だったのかと驚いた。
お家再興あり、騙しあり、取り違えの因縁話あり。
なーんだ、泥棒ものがメインなわけじゃないじゃん!
だからと言って、面白さが削がれたかというとそんなことはなく、かえって話に奥行きが出て面白い。
台詞だけでなく、セットや演出も趣向が凝らされ、勢揃いの場のみならず、だんまりや、更に最後の殺陣シーンの素晴らしさ。
もうもう、観客は勢いに巻き込まれ、どんどんと興奮はたかまっていく。
いやー、大満足でした。

今月の歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年3月13日 22:22
  • 歌舞伎

国立劇場の大劇場、3月の演し物は『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』、通し狂言である。
この『加賀見山』は、こちらの「旧錦絵」と「再岩藤」(ごにちのいわふじ)が正編・続編の作りになっている。
昨年秋の平成中村座では「再岩藤」を観たので、順序としては逆になる。
とは言うものの、こちらを観るのは2回目だ。

今回の配役は、岩藤を中村翫雀(かんじゃく)、尾上を中村扇雀(せんじゃく)、おはつを市川亀治郎。
一応、「若手」公演なのだけど・・・歌舞伎の世界で「若手」じゃなくなるのって何歳くらいからなんだろう・・・。
亀治郎は正月の浅草歌舞伎が素晴らしかったので、期待大。
私の感覚では、3役の中で若手って、彼くらいなのだけど。

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三人吉三巴白浪

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年2月21日 23:28
  • 歌舞伎

先月の浅草歌舞伎に引き続き、今月の歌舞伎座、夜の部の公演は『三人吉三巴白浪』通し狂言である。
和尚・團十郎、お嬢・玉三郎、お坊・仁左衛門の大顔合わせだ。
しかも、おとせには先月お嬢をやった七之助も出演している。
ストーリーの要を握る和尚とおとせの父・伝吉には芸達者な左團次が配され、この上ない配役と言えよう。

最初の圧巻は大川端だが、浅草のは浅草ので良かったけど、と一応先にことわっておく。
貫録だよなあ。
ただただ溜息が出ちゃうような場面に仕上がっている。
お嬢の妖しさ、お坊の格好良さ、和尚の懐の深さが、この短い場面に緻密に描き込まれていて美しい。
このシーンだけだとお嬢吉三が『八百屋お七』をなぞっているだけと思うのだが、通して観るとこの作品全体が実は、お七の世界と相似形であることがよくわかる。
通しで観たのは初めてだったので、こんなにも『八百屋お七』であったのかと驚いたほどだ。
吉祥院の場、櫓の場に及んでは、そのまんまの場面設定だものな。

ドラマを見せるという意味では2幕目、3幕目が素晴らしい。
3幕目、絡み合った因縁が全て明らかになる吉祥院の場は、各々が抱えた過去と罪、そして現在のしがらみが、更に新たな罪と悲劇を生み出していく。
三人三様の心のありようが哀しい。

そして最後の最後まで、仁左衛門さんのお坊は格好良かった。
本日の一押しだね。

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シブイ趣味?

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年1月28日 22:33
  • 歌舞伎

職場で予定等のおしゃべりをしていて、
「その日は歌舞伎に行くのでダメ」
と言ったら、
「歌舞伎ですか?渋いですね」
と言われてしまった。
やはり歌舞伎は敷居が高い?
でもでも、私の歌舞伎鑑賞は、はっきり言ってただのミーハーなのだ。
とても「渋い」とか「高尚な」とか呼ばれるものじゃない。
映画館に行くのもサッカー場に行くのもライブに行くのも歌舞伎に行くのも、まるっきり同レベルのお楽しみなのだ。
それを上手く伝える術はないものだろうか。

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浅草歌舞伎・千龝楽

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年1月26日 23:39
  • 歌舞伎

前売り券最後の1枚をゲットして、わくわくと出かけて参りました、浅草公会堂へ。
新春浅草歌舞伎、一昨日観たのは第1部だったので、本日は第2部、千龝楽の楽。
カーテンコールがあったことを割り引いて考えても、一昨日の5割増しで楽しめた。
あんまり楽しかったので、最後に席を立つ時に全く見知らぬ隣の席の人と微笑みあってしまったくらいだ。

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新春浅草歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年1月24日 23:00
  • 歌舞伎

若手歌舞伎の登竜門、新春浅草歌舞伎を初めて観に行ってみた。
今年は市川男女蔵、市川亀治郎、中村獅童、中村勘太郎、中村七之助の5人である。
昨年は割と頻繁に歌舞伎を観ていたので、自然と彼らの演技を観る機会はあった。
また年末年始にかけてのTV番組で彼らが出演しているものや、中心に据えたものまであり、イヤガウエニモ期待は高まる。

そして期待は裏切られなかった。
文句なしに楽しめた。
彼ら5人ともを見直した、というか、惚れ直した。
特に勘太郎の『吉野山』源九郎狐は、素晴らしかった。
あんまり良かったので、観る予定のなかった第2部のチケットを確保に走ったくらいだ。

ふふふ、これで明後日はまた彼らに会える。
しかも千秋楽だもんね。
お楽しみ、お楽しみ〜。

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新春寿大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2004年1月 4日 23:44
  • 歌舞伎

2004年1月の歌舞伎座は顔触れが豪華である。
山科閑居(忠臣蔵)なんて団十郎、玉三郎、菊之助、新之助、勘九郎、幸四郎が出る。
高坏(狂言)だって勘九郎、新之助、弥十郎、亀蔵だし、
芝浜(私にはどうしても落語の方が思い浮かんじゃうのだが)は菊五郎と魁春だ。
鳥居前(義経千本桜)が最初だったのだが、これが一番面白くなかった。
静御前の声が、どうも・・・華やかなんだけどねぇ。

そいでもって、浅草では勘太郎、七之助、獅童、男女蔵、亀治郎が若手歌舞伎だし、
国立劇場には橋之助、三津五郎、福助が出てるし、初春の歌舞伎は、いつもながらに賑やか。
さて、予定ではあと浅草だけなのだけど、どうなるかな?

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