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歌舞伎 Archive

雷神不動北山櫻

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年1月26日 23:50
  • 歌舞伎

海老蔵は新年早々から新橋演舞場で座長公演の『雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)』。『鳴神(なるかみ)』『毛抜(けぬき)』『不動(ふどう)』という歌舞伎十八番が含まれた通し狂言の作りだ。果たしてどんな風になっているのか?が楽しみなところ。

座長の海老蔵は5役を早変わり。全編を通して大きな役割を果たす鳴神上人、大悪の早雲王子、浮世離れしてるのに女好きの安倍清行、ご存知粂寺弾正、そして不動明王。改めて見るとこの人、本当に存在感があるんだなあ。特に贔屓ってわけじゃないけど、こうやってパワーをどんどん磨いていく若手役者は、見ていて本当に面白い。

芝居そのものは、良くも悪くも成田屋の芝居で、これが歌舞伎!って言われたら、それはそれで納得がいくかもだった。力技だな。座長以下、脇を固めるのも勢いのある若手組で、猿弥、門之助、段治郎、春猿、笑三郎など。さすがに雲の絶間姫は芝雀だったけどな。

ついでに今日の芝居の友は、友人からもらった榮太郎と成田屋のコラボ飴セットだった。ame.jpg …ま、蓋になってるのはさすがにお父ちゃんの方だけどな。

新春浅草歌舞伎 第2部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年1月 6日 23:25
  • 歌舞伎

毎年恒例「着物で歌舞伎」の日。「着物で歌舞伎」と銘打ってはいても、例年、洋服の人はいる。というか、初めてこのイベントデイに参加した時は、かなりの人が洋服だったような気がしている。それが今年は9割方の人が着物だった。すごい。このイベントが浸透したのと、着物を着る人が増えてきたのと両方の相乗効果なんだろうけど、なかなか感動的な会場風景だった。テレビ東京が「着物の取材で」とカメラを入れていたけど、あれは何の番組でとりあげるんだろ?経済番組とか?

さて歌舞伎。第2部の演目は2つ。おっと、その前に新春歌舞伎恒例のお楽しみ、お年玉御挨拶は片岡愛之助丈。マイクを片手に花道へ、会場へと動き回って喜ばせてくれる。質問コーナーでは質問してくれた人に手拭いのプレゼントもあり。最初っから御馳走って感じだ。

さて1つ目は『祇園祭礼信仰記 金閣寺(ぎおんさいれいしんこうき きんかくじ)』。雪姫を亀治郎、大悪の松永大膳を獅童、此下東吉が勘太郎で、軍平が男女蔵、慶寿院尼は亀鶴、雪姫の夫の直信を七之助。指導は雀右衛門(本年とって米寿!)で、亀治郎は念願かなったらしい。頑張って勉強しました感が勝っているが、男女蔵と亀鶴は達者かな。まだまだ先は長いので、楽の頃には良くなっていることだろう…と、期待。

2つ目が『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』から「木更津海岸見染の場」「源氏店の場」のみの上演。この演目は玉三郎と仁左衛門で見慣れているので、かなり心配だったんだけどよい出来だった。七之助が思ったよりずっといい。愛之助はしっかり教えてもらってくれば大丈夫だろうと思ってあまり心配してなかったんだけど、まだこなれてないのかな?って思う。蝙蝠の安が亀鶴で、これはやはり上手い。多左衛門の男女蔵も貫禄あって良かった。ちょい役で小山三が出ているのもお年玉かな。

最後は、これも恒例の舞台挨拶。第1部の方だけ出ている三津五郎丈の息子の巳之助くんが御挨拶に参加してた。平成元年生まれだそうで、そろそろ浅草歌舞伎も世代交代時期か?と思ったりする。最年長が男女蔵で昭和42年生まれだから、まだまだ行けると思いたいとこなんだがなー。でも下の世代も育ってくれないと困るし、難しいとこだね。年の初めのこのお年玉興行が、ずっと続いてくれることだけは希望しておく。そして世界遺産になった歌舞伎が、今後もずっと栄えて続きますように。ま、楽しく見られれば、それでいいんだけどね。

寿初春大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年1月 3日 23:52
  • 歌舞伎

今年の歌舞伎初めは三が日から歌舞伎座で、という贅沢さ。席はいつもの3階A席だけどね。例年1月はあまりにもあちこちで興行があるので困ってしまう。全部はとても行けないので考えた末の選択になるのだけど、これがまた行かないことにしたものに限って後から「行っとけば良かった」となげくことになるんだよなあ。きっと今年もそんなのは多いだろう。でも歌舞伎ばっか見てるわけにもいかないので仕方ない。

正月らしい祝いの踊り『鶴寿千歳(かくじゅせんざい)』で幕開け。今年は歌舞伎座120年のめでたい年でもあり、この昭和天皇即位記念に創られたという典雅な踊りは、ちょうどぴったり。松竹梅の歌昇、錦之助、孝太郎は清々しく、姥と尉の芝翫、富十郎は寿いで。

短い休憩の後に、これまた正月らしい『連獅子(れんじし)』を幸四郎、染五郎の親子が踊る。以前にこの二人で見た時に、毛振りが全然合ってなくてがっかりだったのだが、今回はきちんと揃っていて、尚かつ途中で子獅子が血気にはやってとばしてくのが微笑ましくて良かった。幕間狂言の高麗蔵、松江も滑稽な中に品があってよい。

最後は歌舞伎十八番の内『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』。團十郎の助六はさすがお家芸で、やんちゃで粋な江戸の華。福助の揚巻はかなり心配な初役だったのだけど、芯が通って誇り高くて助六に心底惚れてる揚巻で良かった。髭の意休ははまり役の左團次。白玉がこれまた初役の孝太郎だったが、並みいる先輩方にしっかり肩を並べての好演。福山かつぎが錦之助で、この人はほんとに清々しい。白酒売りの梅玉はさすが。通人の東蔵も場をさらっていくうまさ。正月からいいもの見ました。今年も面白い舞台がたくさん見られますように。

十二月大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年12月22日 23:36
  • 歌舞伎

なーんか久しぶりの気がする歌舞伎座。先週は昼の部のチケットを持っていたにも関わらず、家で寝こけてたら午後になってたので行けなかった。うーん、もったいないことをした。新作の『信濃路紅葉鬼揃(しなのじもみじのおにそろい)』は見たかったんだが。まあ今日は玉三郎の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』が見られるからいいだろう。

幕開けは『菅原伝授手習鑑 寺子屋(すがわらでんじゅてならいかがみ てらこや)』。松王丸が勘三郎、女房千代が福助、武部源蔵が海老蔵、女房戸浪が勘太郎。珍しい配役のような…と思ったら本当に珍しい配役だったようだ。まあ、珍しいものを見た、ということで。

踊りは『粟餅(あわもち)』で、男2人の楽しい踊り。三津五郎と橋之助はかなりタイプが違う踊り手なのでどうかと思ってたけど、違うからこその面白さがあっていいかも。

さてさて、本日のお目当て『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は有吉佐和子女史の作品。もとは有吉さんの短編小説だったのを、自らが戯曲に書いて、主役のおそのを杉村春子さんが演じていたらしい。杉村さんの後はずっと玉三郎があたり役にしている芝居で、しかも歌舞伎座では今回が初めて。楽しみ楽しみ。芝居の要となる薄幸の女郎・亀遊を七之助が上手く演じていた。薄幸の亀遊と淡い恋をする通訳の藤吉を獅童が演じ、こういう役なら無理がないよなーと思わずにはいられない。歌舞伎座の舞台で獅童にあんなに台詞のある役がついたの初めてじゃなかろうか。事件の発端となる外人・イルウス氏に弥十郎で、まったく無理なく外人に見えてびっくり。体型だけじゃないよね…。岩亀楼の主人を勘三郎で、これは出過ぎず程よくで好演だろう。主役はやはりおそので、それを取り巻く人々に今月の一座が総出演というほんっとにおいしい年の瀬のごちそう芝居だったわけだが、皆それぞれに楽しんで演じているらしいのが、見ていてとても気持ち良かった。現代劇と歌舞伎の古典とは演じ方もまったく違うものだからどれがどうとは言わないけれど、今回一番アンサンブルの妙を楽しめたのは、間違いなくこの演目だった。

摂州合邦辻

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年11月24日 23:55
  • 歌舞伎

11月の国立劇場は通し狂言『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』。見たかったんだよねー、この演目。理由がわかった人はかなり私の趣味を理解していると思う…要するに近藤史恵の『二人道成寺』が面白かったからなんだけどさ。しかしこの演目、完全通し上演はなんと39年ぶりとなるそうだ。更に坂田藤十郎丈が東京で玉手御前をやるのは初めてのことらしい。そんな素敵な芝居だというのに、東都生協の割引価格で1等席…歌舞伎座3階席の常連にとってはドキドキだった。

『摂州合邦辻』と言えば、義理の息子に恋して執着して追い縋る玉手御前。最後、死を目前にした玉手の告白によるどんでん返しはあるんだけど、演じる人の性根としては「本当に俊徳丸に惚れているように演じるべし」だそうで、いろいろな見方が出来るんじゃないかと。藤十郎の玉手御前は、とても丁寧にきっちり演じられていて、しかも可愛らしかったり色っぽかったり…確か藤十郎って70歳なんぞとっくに過ぎてた気がするんだけど…凄いよ、ほんとに。三津五郎の俊徳丸は、そういう役とはいえ、あまりにもかすんでいた気がする。扇雀の浅香姫も追いかけて供も連れずに旅をしちゃうんだけど、肝心の俊徳丸が弱々し過ぎて女々しくて、そこまで惚れるような男か?って思っちゃって。元気な時にもっとオーラがあると良かったんだけどねぇ…。次郎丸・新之助は学芸会か。愛之助は美味しい役。秀太郎と夫婦役(!)として絡む部分もあり、かなり頑張って演じていた。秀太郎は勿論貫禄で良かった。しかし我當の合邦はどうなのよ…いや、演技じゃなくて。我當は恐らくきっちり合邦を演じていて、良い演技だったのだと思う。天王寺での踊りも楽しかったしね。しかし歌舞伎でも、ここまで女が強くて男が情けない芝居も珍しいんじゃないだろうか…と思うくらい合邦も俊徳丸も弱いよ。芝居としては面白かったけどね。

コクーン歌舞伎 三人吉三

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年6月25日 23:39
  • 歌舞伎

やれやれ。やっと何とか書けそうな気がしてきた。何って、渋谷Bunkamuraシアターコクーンでこの6月に大入りをとっていたコクーン歌舞伎『三人吉三』の観劇記だよ。すでに10日前にはなるけど、見た当日はその凄さに圧倒されまくっていて、「凄い」以外に言葉が見つからなくって、とても感想なんて書けたもんじゃなかった。数日経っても興奮は醒めず、会う人ごとにその凄さを伝えようとするんだけど、言葉が足らずにまどろっこしい思いをしたもんだ。今だって、上手に言葉を選べるわけじゃないけど、当日よりは大分マシだろう。

今回は以前にも同じコクーンでやっているものの再演てことだが、初演を見ていない私には比較しようはない。ネットで評判を見ると、以前より更によくなっているとの意見が多く見られ、さもありなんと思われる。勘三郎、福助、橋之助で和尚吉三、お嬢吉三、お坊吉三というはまりきった顔合わせ。知らずに畜生道へ落ちる双子の十三郎、おとせを勘太郎、七之助。いつものごとく笹本高史もいい味出してる。ミニマムに絞った背景が余計に芝居の世界を膨らませるような場面もあれば、工夫された回り舞台がいつもの台詞を違って響かせる場面もあり。物語の陰影が余計に色濃くリアルに感じられる舞台だったように思う。これまで見たことがある『三人吉三』のどれよりも懐に迫ってきた。特に最後の立ち回りを思い切って簡略化して雪とマイムに絞ったのは効果大じゃなかろうか。その場の下座音楽を椎名林檎が担当したのは試みとしていいんだけど、完全に芝居に音が負けちゃっていて残念だった。効果音としてエレキギター等の歪んだ音は良かったんだけど、音楽になっちゃうとね…。刺し違えて倒れ伏す3人の上に静かに雪が降り積むラストは、ひたすら哀しかった。ああ、やはり「凄かった」としか言えないかも。面白い。こんな面白い芝居が見られて幸せだ、と思えた夜だった。

四月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年4月22日 23:46
  • 歌舞伎

今月は中村信二郎改め二代目中村錦之助襲名披露。中村錦之助とは往年の銀幕スター萬屋錦之助の前名で、れっきとした歌舞伎役者の名前だ。中村獅童あたりが継いで彼が映画スターに専念するのかと思っていたら、歌舞伎役者として名前を大きくするってことになった様子。信二郎は以前はすごく地味な役者と思っていたけど、ここ数年めきめきと良くなっていい役者になってきているので、襲名という形で一段引き上げてもらえて良かったんじゃないかと思う。

幕開きは『源平布引滝 実盛物語(げんぺいぬのびきのたき さねもりものがたり)』。実盛を仁左衛門、葵御前を魁春、小万が秀太郎で太郎吉が仁左衛門の孫の千之助。実盛は良かったんだけど、実盛が太郎吉をそこまで買ってかわいがってしまうのはよくわからん…特に、実盛がものすごーく愛おしそうに太郎吉を見ているので余計にそう思えたのかも。太郎吉自体はすごくしっかり演じられていて良かったと思う。

続いては『口上』で、十年来の信二郎の師匠である富十郎が頭となって、雀右衛門以下のお歴々、萬屋一門、親戚の中村屋の方々や吉右衛門などが御挨拶。親戚だからというのでか、七之助や勘太郎まで御挨拶にいたのは御愛嬌か。まあ信二郎の息子や甥もいたのでついでになのかな。とにかく誠実でおっとりした雰囲気を持つ信二郎への皆様の暖かい思いが感じられて良い口上だったのではないだろうか。

そして夜の部で信二郎改め錦之助が演じるのは『双蝶々曲輪日記 角力場(ふたつちょうちょうくるわにっき すもうば)』の放駒長吉と山崎屋与五郎の二役。濡髪長五郎に師匠の富十郎が出てくれるという御馳走付き。父である四代目時蔵が早逝して苦労した信二郎だけど、良い師匠に恵まれたよなあとしみじみ。勢いがあって良い放駒長吉だった。与五郎のじゃらじゃらは…まあ、無難にこなしてたかな。

最後が『新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎(しんさらやしきつきのあまがさ さかなやそうごろう)』。ちょっと体調不良で、いっそのことパスして帰ろうかと思ったが、中村屋の宗五郎は見たことがないので頑張ろうと思って居残り。いやー、面白かった。寝ちゃうかもなーと心配したほどのこともなく、しっかり見入ってしまったのだった。勘三郎の宗五郎が酒に酔っていくシーンは、時蔵、七之助、勘太郎、勘之丞の息のあった演技のおかげで見ていてとっても楽しかった。勘太郎も七之助も、よく育って父君と対等に芝居するようになったんだねぇと感心感心。勘三郎の宗五郎は、磯部邸玄関前の語りの場面がすごく良かった。そこが良かったんで、後で磯部の殿様と話をした時にお蔦の霊魂に語りかける場面が活きたと思う。信二郎の殿様は若い殿様だったけどぴったりでこれも良かった。

通し狂言 義経千本桜(後半)

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年3月21日 23:50
  • 歌舞伎

さて本日は残りの半分。まずは『木の実(このみ)』『小金吾討死(こきんごうちじに)』『すし屋』と、ととっと見て来た。

仁左衛門がいがみの権太、孝太郎が妹お里、鮓屋弥左衛門が左團次で、この3名が素晴らしかった。正直なところこれまで左團次を特に良いと思ったことはないのだけれど、今回の弥左衛門ははまっていた。こんなに良い役者だったのかと目から鱗だ。孝太郎のお里はかわいらしさ満点。いがみの権太は何とも自然に見えて良かった。時蔵の維盛、権太女房小せんの秀太郎もしっかり締めていて良い。

『川連法眼館(かわつらほうげんやかた)』『奥庭(おくにわ)』は菊五郎の狐忠信、福助の静御前。梅玉が義経なのだが、3人並んで喋ると彼だけ声が小さくて聞きづらかったのが残念。幸四郎が教経で奥庭だけ出たが、これはやはり声が響くので、ここでも梅玉の声の小ささが際立ってしまって良くなかった。芝居は良かったのに残念なことだ。

『義経千本桜』を通しで見たのは初めてだが、やはり並べて見た方が世界がわかって面白いんじゃなかろうか。とは言え、イイトコ取りで見たいと思うのも、我が侭なファン心理ではあるが。

通し狂言 義経千本桜(前半)

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年3月11日 00:14
  • 歌舞伎

松竹座から帰って来て以後、なんやかんやと忙しかったり風邪をひいたりでブログ放置して早や1ヶ月半。そろそろ再浮上すべき時期かな。やることがいっこうに減らないので、また沈没するかも…と心配しつつ、とりあえずは三月大歌舞伎の昼の部に行ってきた。

今月は通し狂言『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』。通しを見るのは初めてだ。何たって私は『すし屋』を見たことがないというとんでもない歌舞伎ファンだったりするのだ。これが楽しみでなくてなんとしよう。しかしチケット取りに出遅れて今日の席は3階西側。舞台は半分見えないし、花道は声しか聞こえない。花道からの台詞は足下から湧き上がってくる感じで好きなんだけど、『鳥居前』にしろ『渡海屋』にしろ『道行初音旅』にしろ、この昼の部でやる演目は全て花道での見物があるのだ。つくづく失敗したよなーと臍を噛む。おかげでだいぶ意識が遠のいてしまったよ。

この中で一番楽しみだったのは『渡海屋(とかいや)』『大物浦(だいもつうら)』だ。浅草歌舞伎で若手が演じたのを1月に見たばかりなので、幹部俳優陣だとどんなだろうと期待したわけだ。藤十郎の典侍の局は、銀平女房の時でも品格がありすぎて、船宿の女将には見えなかった。幸四郎もどっしりとしてただ者じゃない雰囲気で演っていたからそういう風に揃えたのかな。左團次の弁慶は男女蔵そっくりだった。本来は逆なんだろうけど、DNAってすごい。

『道行初音旅(みちゆきはつねたび)』で最も残念だったのは、逸見藤太の仁左衛門がほとんど見えなかったこと。藤太はほとんど3階西側席からは見えない場所で演技するのだもの。役者名づくしの台詞は面白かったけど、面白かっただけに見えなかったのが残念でならない。ううう。夜の部に期待しよう。

松竹座 寿初春大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年1月27日 00:01
  • 歌舞伎

すでに先週の話となった1月20日、松竹座で昼夜通しの歌舞伎観劇。昼夜通しはマラソン並みの体力がいるよなーと常々思っているので普段はしないのだけど、スケジュールの都合上、今回は仕方ない。

昼の部は『彦山権現誓助剱 毛谷村(ひこさんごんげんちかいのすけだち けやむら)』からスタート。毛谷村六助を翫雀、お園を扇雀。悪くない出来じゃないかと思う。最初しか出て来ない微塵弾正の進之介がいい味出してた。

『勧進帳(かんじんちょう)』は團十郎の弁慶、藤十郎の義経という豪華な顔合わせ。團十郎の弁慶を見ると、やはり弁慶は成田屋のものかしらんという気になるから不思議だ。海老蔵が富樫でちょっと若過ぎかしらと危ぶんだが、まあ頑張っていたようだ。藤十郎の義経の存在感はさすがだった。

昼の部の最後は『恋飛脚大和往来 封印切(こいびきゃくやまとおうらい ふういんきり)』。当然忠兵衛は藤十郎で、八右衛門が我當。我當の演技は演技というより自然にそこにいて喋ってる感じ。おえんの吉弥、梅川の秀太郎、治右衛門の竹三郎など、とにかく上方の芝居を上方の役者方が演じる強みを感じさせてくれる。嘆息。

寿初春大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年1月13日 23:46
  • 歌舞伎

『廓三番叟(くるわさんばそう)』は雀右衛門が出るので心配していたのだが、足だけでなく腕の力も衰えてきている様子が見えて哀しくなった。立ち姿は相変わらず素敵なのだが…。周りの席の観客からも同様の感想が漏れており、御本人の舞台にかける情熱(あるいは執着)と見る側の冷静さがすれ違っている。寂しい限り。魁春は貫禄を見せ、芝雀、孝太郎は普通に良かったが印象は薄い。

『祇園祭礼信仰記 金閣寺(ぎおんさいれいしんこうき きんかくじ)』。玉三郎が雪姫というので楽しみな演目の一つ。敵役の松永大膳が幸四郎、良い側役のはず此下東吉が吉右衛門なおかげで、どちらも同じ顔だから何か変。一瞬しか登場しない慶寿院尼の東蔵が存在感あって良い。玉三郎は…きれいだったけど、うーん、儚かったなあ…。

そして今月最大の眼目は間違いなく『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』。とにかく勘三郎が素晴らしい。弥生は清らかで可憐で、ほんっとーに綺麗なもの。獅子はひたすら凛々しく純粋でやはりこの上なく美しいもの。客席、熱狂。嵐のような喝采だった。今後もう、間違っても勘九郎とは呼ばない。あれは間違いなく勘三郎なのだ。襲名興行が一段落して、勘九郎をすっかり脱ぎ捨てた勘三郎なのだ。ただただ感激。胡蝶の鶴松、宗生は可愛らしい。宗生は浅草公会堂から2度目の胡蝶で、今回はかなりしっかり「踊って」いて嬉しい驚き。顔が福助そっくりだったのもビックリした。鶴松は振りは覚えたのねって感じだったが、舞踊歴はきっとそんなに長くないし、それを思えば良い方なのだろう。ただ宗生がきちんと「踊って」いるものだから比較されてつらいか。

15分休憩があっただけで最後の『処女翫浮名横櫛 切られお富(むすめごのみうきなのよこぐし きられおとみ)』。福助がお富で好演。橋之助が与三郎でいい色男っぷり。蝙蝠の安は弥十郎で人のいい小悪党って感じがいいね。赤間の親分が歌六、女房お滝が高麗蔵がいずれも貫禄あってやはり好演。面白かったんだけど、前の演目が素晴らし過ぎて損をしているようだ。仕方ないか。

寿初春大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年1月 8日 23:50
  • 歌舞伎

新年初歌舞伎座は母君と二人で。松の内に誕生日がある歌舞伎好きの母だからこそだが。

幕開けは正月らしく華やかな『松竹梅(しょうちくばい)』。「松」では梅玉と橋之助、「竹」では歌昇と雀に扮した信二郎、松江、高麗蔵、「梅」では女形3人の連れ舞いを魁春、孝太郎、芝雀がめでたく舞い納める。今回新たに振り付けられた舞踊だそうだが、日本舞踊の素養がない私には古典との見分けはつきませぬ。とにかく美しくて飽きない踊りだった。

お次はぐっと暗く重くなって『平家女護島 俊寛(へいけにょごがしま しゅんかん)』。正月からこれはどうよ…。でも、芝居そのものは以前に見た時よりテンポが良くてしまっていて、面白く見られた。こうして見ると、吉右衛門の俊寛はやはり当たり役なんだろう。

『勧進帳(かんじんちょう)』は弁慶が幸四郎、富樫が梅玉、義経が芝翫で、客席はかなり寝ていた。ちょうど食事時直後だったせいが大きいと思うが、弁慶と富樫の丁々発止のやり取りが気持ち良いBGMになってしまったのだろう。かくいう私もその一人だが。

最後は踊りで玉三郎と勘三郎が『喜撰(きせん)』。玉三郎はやはり美しい…とポーッと見ていたら終わってしまった感じ。勘三郎が色気たっぷりの和尚だった。

新春浅草歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2007年1月 7日 23:34
  • 歌舞伎

あるいは”着物で歌舞伎”の日アゲイン。でも今日は私の座ってる前は一列ほぼ全員洋服だった…どこが着物で歌舞伎の日なんだか。どうやら更に一列前に座った人がチケットを2列分ほど握っていて、直前になって知り合いを招待しまくったらしい。お土産あげたりしてたから。それにしてもせっかくの企画日なんだから、ちゃんと企画に乗るよう働きかけくらいすべきだろう。あれだけの枚数チケットを押さえてたってことは浅草商店街関連などなんだろうし。

さて、開演前には浅草芸者の方々の和楽器演奏などもあり、新春ムード満点で始まり始まり。年始御挨拶は片岡愛之助丈。なごやかに笑いを取っての幕開け。

夜の部の出し物は先ず『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』より「渡海屋(とかいや)」「大物浦(だいもつがうら)」の二幕。渡海屋主と名乗って実は平知盛が獅童、その妻で実は典侍の局が七之助、山伏で実は弁慶が男女蔵、義経が勘太郎、最初に北条方と言って出て来て実は平家派の侍が亀鶴と愛之助。勘太郎はオーラが出てるかってくらい存在感があった。さすが要の義経だ。七之助は難しい役だったが、帝に対する愛情深さはよく出ていたように思う。品格もあったし良かったのでは。男女蔵は肥えてますます父君に似てきたなあ。亀鶴と愛之助は上手い。そうなってくると俄然悪目立ちするのが獅童で、型は覚えたんだろうけど、ふわふわと浮いているような、型だけなぞってるように見える。最後の方で瀕死の身ながら義経に挑んでいこうとするところは型が少なかったせいか、おおっと思うとこもないではなかったが、やはり映画の人なのかなーと思う。『浪人街』の獅童は良かったんだけどな…歌舞伎じゃなきゃいいのか。

30分の休憩を挟んで『身替座禅(みがわりざぜん)』。この中村屋が大得意とする楽しい演目を、勘太郎が初役の山陰右京でどう見せてくれるのかが今日一番の楽しみだ。いやこれが面白い面白い。勘太郎も良かったが、愛之助の奥方玉ノ井も、亀鶴の太郎冠者も皆とても品があって良い。下世話になり過ぎると面白さが半減なのだが、そういう意味では十分に面白がらせてくれる仕上がりだ。この三人は本当に芸達者になってきたなあと思う。特に今日は勘太郎と愛之助の良さが目にとまった。今年も楽しい年になりそうだ。

十二月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年12月24日 23:43
  • 歌舞伎

帝国劇場から歌舞伎座へ移動して夜の部を鑑賞。忙しい一日だこと。

『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』は福内鬼外という人を喰った名を名乗った平賀源内の作品。菊之助が義峯に一目惚れして親をも騙して尽くすお舟役で好演。なのだが、どうも私はこの話自体がダメみたいで、あまり楽しく見られない。この父ちゃん(渡し守の頓兵衛)にしてこの娘ありの思い込みの強い父娘がまずどうもにも性に合わないのだろう。せっかく演技は良いのに残念なことだった。

『出刃内お玉(でばうちおたま)』は池波正太郎が昭和50年に書き下ろした新作歌舞伎。この後さらに2作書いているそうだが、いずれも見たことない。この作品も上演は今回でまだ4回目だそうだから仕方ないか。新作歌舞伎が古典になっていくのって難しいんだろうなあ。今回は菊五郎がお玉を演じているが、とにかく話自体があっさりと進んで行ってしまうので、面白いんだけどいまひとつ残らない。うーん、なんか物足りないって感じがしてしまう。これもいい芝居してるんだけどねぇ…。

最後は舞踊劇『紅葉狩(もみじがり)』。海老蔵の妹の市川ぼたん嬢が夏に名題披露だったとかで、ご祝儀なんだか知らないが出演しているのが良くも悪くも評判になってはいる演目だ。さすがに男ばかりの中に一人女性が混ざると小柄に見える。十代の男の子みたい。台詞はなくて踊りだけだったけど、せっかく名題披露のつもりなのなら一言どこかに書いても良かったんじゃないかと思う。そしてそのぼたん嬢に客席から女性の声で「ぼたんっ」と大向こうがかかっていた。こないだうちmixiの歌舞伎コミュニティで話題になってたので、ちょっとおおっと思う。掛け声も拍手も自分が好きなとこでいいんだろうし、決まりはない。でも個人的には女性の声は、声のトーンとか性質とかいったもののせいで、なんだか雰囲気を壊してるようで好きではない。男の人の野太い声でかかるのがいいね。そういうのとか拍手とかジワとかが渾然一体となってて初めて歌舞伎だと思うから。尾上右近は踊りは良かったが声が…楽も近いからかな。海老蔵は楽しそうだった。合ってるな、確かに。

十二月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年12月 2日 17:17
  • 歌舞伎

つい先週は11月で吉例顔見世だったと思ったら、今日はもう師走興行初日。早いものだ。

仕事の都合で最初の演目『八重桐廓噺 嫗山姥(やえぎりくるわばなし こもちやまんば)』はパス。この演目は以前福助が八重桐を演じたのを見ているが、それが面白くなかったような記憶があるのでまあいいかと。でも菊之助が八重桐なのでちょっと見たい気もする。

さて『忍夜恋曲者 将門(しのぶよるこいはくせもの まさかど)』。時蔵の滝夜叉姫と松緑の光圀による舞踊劇だ。二人とも踊り巧者で品があってうっとり。でも早変わりの後でもたもたと衣装直しを続ける場面があり、初日ならではかなあと失笑。

『芝浜革財布(しばはまかわざいふ)』は今日一番のお楽しみ。お馴染み菊五郎の魚屋政五郎に魁春の妻おたつで、初日とは思えない円熟した演技を見せてくれた。脇もしっかり固まっているので、見ている方は安心してこの人情話に入り込んでいける。話の締めくくりも明るくて、ほんと、年の瀬を楽しく迎えるには格好の芝居だ。気持ち良かった。

最後は『勢獅子(きおいじし)』。日枝山王神社の天下祭を、鳶頭の梅玉、鳶の松緑、松江、亀三郎、松也などが目出度く舞い踊る。そこへ出てくるのが売れっ子芸者のお京、つまり京屋・雀右衛門なわけだが、手を引かれながらも小走りで出て来たのには驚いた。踊りはいつも通り足下があれだったが、先週より元気に華やいで見えたのは気のせいじゃないと思う。松緑演じる獅子舞が大当たり。

吉例顔見世大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年11月27日 23:54
  • 歌舞伎

実を言うと、先の土曜日は新橋演舞場と歌舞伎座を掛け持ちだったのだ。興行の間が一時間位あったのでちょっとぶらぶらした後、相方と別れて一人で歌舞伎座へ。ここで職場の後輩と待ち合わせて一緒に観劇なのだ。彼女は歌舞伎2回目。菊五郎を説明するのに「寺島しのぶのおとーちゃん」と言えば分かるという歌舞伎初心者である。海老蔵は「おーい、お茶」の人として認識できてるらしい。三津五郎は「八十助だった人ですよねぇ?テレビで見たことあります」で、仁左衛門は「あ、孝夫さんだ!」…?どうやら父母の世代に歌舞伎好きな人でもいた様子である。

幕開けは短いがめでたい『鶴亀(つるかめ)』。雀右衛門の女帝が、三津五郎の鶴と福助の亀を召して目出度く舞うという宮中の新年節会の模様だ。しかし、失礼とは思うが、ほんっとーにいいかげん、雀右衛門は舞台に立つのは…(以下自粛)。

『良弁杉由来(ろうべんすぎのゆらい)』は東大寺二月堂を舞台にした一幕もの。これまで観劇の機会に恵まれず、今回初めて見た。仁左衛門が良弁大僧正、母を芝翫が演じて、心温まる佳作に仕上がっている。

『雛助狂乱(ひなすけきょうらん)』は菊五郎が偽の狂乱ぶりを雪や捕手と絡みながら踊っていくものだが、狂乱の態を見せつつ、しかも美しい舞で、というのはなかなかに難しい。美しいだけじゃダメなんだろうけど、菊五郎だし迫力もあるんだけど。

続く『五條橋(ごじょうばし)』は富十郎の弁慶が息子鷹之資の牛若丸と息を合わせてのお遊戯。かわいいからいいんだよな。

『天衣紛上野初花 河内山(てんにまごううえののはつはな こうちやま)』は團十郎が河内山で本格復帰の芝居だ。昼の部の仁木弾正は迫力だったよなーと思いこちらも期待。いや、河内山のふてぶてしさも可笑しみも出て良かったと思う。三津五郎の出雲守、弥十郎の北村大膳、家老の高木小左衛門が段四郎で、全体としてとてもしっかりした芝居になっていた。同行者も喜んでいたし満足じゃ。いや、この演目はいつ見ても、見終わって気持ちいいわ。

新橋演舞場・花形歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年11月25日 23:57
  • 歌舞伎

えー、相方が起きてくれなかったのでまたもや『番町皿屋敷』は見られなかった。何かの呪いなんだろーかってくらい、この演目は見られてない。縁がないのかなー。

さて『勧進帳(かんじんちょう)』では富樫を菊之助、弁慶を海老蔵。菊之助の声が夜の部で全然だった理由がよーく理解できた。富樫と弁天小僧を昼の部で続けてやったら、それは喉も枯れるだろうさ。凛々しくて貫禄もそこそこあって良い富樫だったけどね。海老蔵の弁慶は若さに溢れる感じ。まだ貫禄はいまいちかなあ。芝雀の義経がさすがの品格だった。

『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』は浜松屋見世先と稲瀬川勢揃い。要するに一番メジャーなとこだけ。菊之助の弁天小僧ははまり役。これまで見たどの弁天小僧よりも自然で活き活きとしていて良かった。南郷力丸の松緑もなかなか。勢揃いのとこで日本駄右衛門の左團次と忠信利平の男女蔵があまりにもそっくりなので可笑しかった。DNAってすごいなあ。

新橋演舞場・花形歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年11月23日 22:59
  • 歌舞伎

『時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ)』は信長と光秀に題材を取った鶴屋南北の作品。まず本能寺馬盥の場では、その前の場面までで信長ならぬ春永の不興を被って謹慎中の光秀が、他の家来衆も居並ぶ中で馬を洗う水を汲む盥を杯として与えられ、更には自分の領地を召し上げられて蘭丸に譲られ、欲しかった名刀日吉丸まで自分が推挙して家来になれた友人に下賜されてしまい、挙げ句には貧乏浪人時代に妻が売った髪の毛を持ち出されてなじられてしまう。やりたい放題の屈辱を受け、怒りのオーラを発しながら退場する光秀の松緑、恐い。まあ出て来た時も沈み込んだ真っ暗な雰囲気を纏ってたんで恐かったけど、更に恐くなって退場。海老蔵は傲岸不遜な春永が無茶苦茶よく似合う。続く愛宕山連歌の場では春永からの使いに来た同僚達の前でやおら死に装束に着替えたかと思うと「憧れの日吉丸で介錯してもらって死にたい」などと言い出し、お人好しにも「じゃあ斬られる前によく見ておけ」とほいほい刀を差し出した相手を奪った刀で斬り捨てる。そして本能寺襲撃に向けて高笑いしながら出かけて行く姿の凄惨なことといったら…。松緑、見直した。踊りだけじゃないのね。

『船弁慶(ふなべんけい)』は菊之助が静御前と平知盛をやるので期待。しかし、誰がやっても能仕立ての静御前の舞は眠くなりがち。一緒に行った相方も、反対側の隣に座った女性も寝ていた。私としてはこれまで見た中では一番人間臭い舞だった気がする。玉三郎のは美し過ぎて眠かった。知盛はまあまあ。梅枝の義経はちと早過ぎたんじゃないだろうか。船長の亀蔵はまずまず。團蔵の弁慶はあまり修験者には見えなかったが、力技で追っ払った感じには見えたからいいんだろう。

さて問題は『義経千本桜 川連法眼館(よしつねせんぼんざくら かわつらほうげんやかた)』、通称「四の切(しのきり)」。これの狐忠信を市川海老蔵が市川猿之助に指導してもらってやるという。海老蔵の狐忠信ってだけでも柄じゃないと思うのに、猿之助に指導を受けてなんて…観る前から不安でいっぱい。そしてそういう不安は往々にして当たるのだ。所作/振付だけでなく、口跡まで猿之助型を受け継いで演じている。うーん、聞き苦しい。それに海老蔵は身体が大きいから、同じようにやってるつもりでも間延びして見えちゃったりバランス悪かったりして見苦しいとこがちらちら。階段3段飛び越えて床上に上がったのは驚いたけど。天井裏から飛び降りて舞台正面にピターッと座るとことか決まってて良かったかな。段治郎の義経、笑三郎の静御前はそれぞれ風格があって良かった。

吉例顔見世大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年11月12日 21:33
  • 歌舞伎

歌舞伎座の11月と言えばもちろん顔見世興行。櫓も立ってて、雰囲気は上々だ。

昼の部は『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』が歌舞伎座では10年ぶりという通しでの上演。10年前…見てるし…。歳を取ったということか。今回は菊五郎が政岡、沖の井を三津五郎、松島を秀調。仁木弾正は團十郎。仁左衛門は八汐と細川勝元というオイシい役回り。顔見世らしく芸達者なベテラン揃いで楽しく見させてもらったが、緊迫感溢れるはずの裁きの場で裁き役の山名宗全が台詞全然入ってなくってぶち壊し。「対決」の場しか出番ないんだから、それっくらいの台詞入れとこうよ。しかも今日はすでに12日目、中盤になってるはずなんだがね。他が皆とても良かったので残念だった。

おまけで三津五郎の踊り『源太(げんた)』『願人坊主(がんにんぼうず)』の二本立て。前の席の人が前屈みになってくれちゃってて、ほとんど見えず。歌舞伎座の3階席で前屈みになるのは禁止なんだけど、知らない人が増えたかもな。はああ。

『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』は通しでやることは大して多くないけど、一部だけならよく上演される芝居だ。おかげで政岡役としては菊五郎以外に雀右衛門、玉三郎、福助、藤十郎を見ている。「御殿」の場で「飯炊き」って必ずやるものだと思ってたら今回なかったので驚いた。でもなくても十分に乳母と若殿、母と息子の情愛や絆は伝わってきた。芝居の演出は一通りじゃないからこそ面白いんだと、改めて感じた。

そう言えば、10年前に片岡孝夫(現片岡仁左衛門)が細川勝元で颯爽と登場したのはかっこ良かったよなー。今日の演出とは違ってたけど、それはそれで印象に残ってる。今日のも貫禄あって、でも若々しく爽やかでかっこ良かった。まとめて言うと、やっぱり歌舞伎は面白い!という芝居だったように思う。

芸術祭十月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年10月22日 21:56
  • 歌舞伎

今月はスケジュールの都合で夜の部しか見られない。先月も見てないし、久しぶりなのですごく楽しみ。

夜の部は先ず『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』より五段目と六段目。要するにお軽と勘平のとこ。お軽は菊之助、勘平が片岡仁左衛門。なんかね、勘平が貫禄ありすぎ。お腹いっぱい。お軽はそれに合わせたのか、しっとりとした武士の妻で、若妻よりはトウのたった感じ。斧定九郎の海老蔵ははまってた。台詞が少ないとこがいいのか?母おかや家橘が良かった。

後半は『梅雨小袖昔八丈 髪結新三(つゆこそでむかしはちじょう かみゆしんざ)』。幸四郎が新三、家主が弥十郎、忠七が門之助で源七が段四郎。これは面白かった。以前にも見た演目だけど、こんなに面白かったっけ?ってくらい楽しめた。配役の妙なのかな。

今月から3階の蕎麦屋とおでん屋が地下に移って営業。着実に改築に向け準備中?なんとも寂しい。

八月納涼歌舞伎 一部&二部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年8月26日 22:06
  • 歌舞伎

千穐楽の納涼歌舞伎。三部だけは思うような席がこの日に取れなかったので先週見てしまった。今日は一部と二部を通しで、久しぶりに一人で観劇した。一人で見るのは、終わってから感想を話し合える相手がいないので面白さ半減なんだけどな。

第一部幕開けは『慶安太平記 丸橋忠弥(けいあんたいへいき まるはしちゅうや)』。橋之助の丸橋忠弥、扇雀の女房おせつ、市蔵の義父弓師藤四郎。外堀の酔っぱらい場面から染五郎の伊豆守が出てきてピッと緊張する場面のとこは雨が感じられて良かった。でもあまり面白い話でもないよなーと思って見ていたが、最後の捕り物が大立ち回りで派手だった。見たことないような振り付けの立ち回りや技があって、久々に面白い立ち回りを見た。

続いて福助で『近江のお兼(おうみのおかね)』。若い娘らしい福助の踊りに見とれる。

そして話題の新作『たのきゅう』は、わかぎえふ脚本の舞踊劇だ。この人は大の歌舞伎好きなので期待している。話の筋はよく知られたもの。小吉の初舞台披露口上をうまく入れ込んだり、回り舞台を上手に活かした演出でシンプルに場面転換して飽きさせないようにしていたりと工夫されている。巳之助の鳴りものが上手い。三津五郎もいいが、対するおろち(老人)の染五郎の弾けっぷりも素晴らしい。楽しく笑わせてもらった。カーテンコールがなかったのは残念。

第二部は45年ぶり復活上演の『吉原狐(よしわらぎつね)』。吉原狐という渾名を持った芸者おきちを中心に、彼女の早とちりや思い込みで起こる騒動をテンポよく面白可笑しく見せてくれる。福助と橋之助が兄弟で芸者同士で絡むのが見物。珍しい橋之助の女形だが、良かったんじゃないか?秀調のお筆がいい。孝太郎の誰ヶ袖花魁も崩れるところの思い切りが良かった。孝太郎はどうもマジメで固い役者というイメージがあったのでビックリ。三津五郎の父三五郎は貫禄たっぷりで素晴らしい。染五郎の貝塚采女も壊れ方がいい。染五郎、色物だといいよなあ。扇雀の娘役も、特に最後が決まってて良かった。

後半は舞踊を三作連続で。『団子売(だんごうり)』は孝太郎と扇雀が夫婦の団子売り。後ろの席で話していた人たちによると月初め頃は「離婚寸前の夫婦みたいだった」そうなのだが、今日はぎくしゃくはするが一応呼吸のあったとこもある感じ。2人ともマジメに踊るタイプなので、どうも夫婦者の情愛だとか柔らかみだとかは縁遠くて、マジメなご夫婦なのねと思ってしまった。

『玉屋(たまや)』というのはシャボン玉売りだそうで、染五郎の一人舞踊。芝居の方が良かったかと。

『籠屋(かごや)』は三津五郎と当月初舞台の小吉がからんでの滑稽な舞踊。三津五郎はさすが。演じて良し踊って良しで無敵だね。小吉うまい。三津五郎のもとで良い役者に育ってくれるといいな。

南総里見八犬伝

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年8月19日 23:30
  • 歌舞伎

今日は歌舞伎座八月納涼歌舞伎第3部、『南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)』を見に行く日だ。奇しくも今日はCSの時代劇専門チャンネルでNHKの人形劇『新・八犬伝』が放映される日でもある。アーカイブ番組の再放送になるので、見られるのは第1話、第20話、最後の第464話だけ。それ以外の話はNHKにもないらしい。素晴らしい番組だったのに惜しいことをしたもんだ。

ま、ともかく、歌舞伎の方だ。犬山道節が三津五郎、犬塚信乃が染五郎、犬川荘助は高麗蔵、犬飼現八は信二郎、犬田小文吾が弥十郎、犬坂毛野が福助、犬村角太郎は孝太郎で、犬江親兵衛は松也。三時間の上演時間ではダイジェストになってしまうのは如何ともし難い。それでも扇雀の伏姫から八つの玉が飛んで行く最初の場面から始まって、犬塚信乃と浜路の嫁入りの話、芳流閣の戦い、荘助の処刑場、毛野の女神楽、八犬士勢揃いまで。なかなかに楽しくよくまとまって面白い。役者の出来とか何とか言うより、とにかく話が面白いよなー。見せ場も、歌舞伎らしい見栄だの六法だの立ち回りだの入っていて良い。こういうのは納涼歌舞伎ならではのお楽しみかもしれない。スーパー歌舞伎のも見てみたかったな。

で、家に帰ってから録画しておいた『新・八犬伝』を見る。坂本九も懐かしい。そう言えば歌舞伎の方では玉梓の呪いについてはなーんも触れてなかったな。しかも他にも結構ディテールが違ってる。面白い。いま見てもクオリティが高い。ほんっとーに、これが残ってないなんてもったいないことこの上ない!NHKもバカだよなー。これだけのものを作っておきながら捨て去るなんて。このクオリティを保っていくプライドがあれば、変な事件やらトラブルとも無縁でいられただろうに。バラエティ路線に走ったばっかりに…って、ま、言っても仕方ないか。

松竹座 七月大歌舞伎・昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年7月13日 22:30
  • 歌舞伎

ちと間が開いてしまったが、道頓堀訪問の2日目感想を。

昼の部は午前11時開演。今日はチケットを手配してくれた友人B氏が一緒に観劇の予定なので、開演前に昼ご飯2人前を地下街のレストランのに予約する。豆腐御膳。涼しそうで美味しそうだったのだ。神戸から駆けつけた友人B氏は、電車一本乗り遅れたとかでギリギリセーフとなった。

初めは『信州川中島 輝虎配膳(しんしゅうかわなかじま てるとらはいぜん)』だ。お勝いまいち。秀太郎は昨年歌舞伎座で越路を見ているが、お勝より越路の方が合っていたような気がする。竹三郎の越路と、我當の輝虎の対決は迫力あった。唐衣の孝太郎は出過ぎず抑えて好演。山城守の進之介がちと、バランスを崩していたのが残念だ。

お次は『連獅子(れんじし)』。翫雀と壱太郎の親子だ。壱太郎、うまいっ。清々しくて凛々しくて伸びやかで、完全に親獅子を喰っていた。初舞台当時から上手かったけど、ものすごく進歩していってるんじゃないだろうか。16歳になったんだそうで、いやー、先が楽しみだね。

『口上』では、皆様口を揃えて「公私ともに老いてますます盛んな藤十郎」を褒め讃えて笑いをとっていた。歌舞伎座では幹部俳優がずらーりと並んでいたが、今回はシンプルに10名のみ。でも口切りは雀右衛門なのね…。仁左衛門が挨拶した途端に大喝采でビックリ。襲名披露の藤十郎よりも大きな拍手で、関西での人気の高さを実感。いや、すごいわ。

さていよいよ『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』。藤十郎は団七初役だそうだが、そうとは思えぬ役作り。引き込まれて見入ってしまった。菊五郎のお辰もいいねぇ。粋な姐さんだ。貫禄・三婦の我當、おつぎの竹三郎、琴浦の孝太郎、いい男・徳兵衛の仁左衛門、義平次の段四郎、皆とてもしっくりと役に溶け込んでいて素晴らしく面白い。そうか、これってもともとの話がこんなに面白いんだ。最後の場面で、祭りの人ごみに紛れて逃げる団七が通りすがりの酔っぱらいと絡む演出が、それまでの暗闇の出来事(幻影のような)と現実をスイッチするように思えて良かった。ああ、これだから歌舞伎見物はやめられないのお。

松竹座 七月大歌舞伎・夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年7月 7日 22:39
  • 歌舞伎

大阪での坂田藤十郎襲名披露で『道成寺』やら『夏祭浪花鑑』が見られるというので、友人にチケットを手配してもらい、早めの夏休みを1日だけ週末にくっつけて、はるばる道頓堀まで遠征した。ちょっと最近忙しさでうつうつしており、のんびりと羽を伸ばしたいため現地在住の友人や親戚宅には内緒で。一人で過ごす時間て貴重だよなー。

初めての松竹座。道頓堀の入り口には開場待ちの人垣が出来ている。歩行者天国なので南座前ほどの混雑ではない。入り口前に立て看板と客引きが立っての「お食事受付」があり、珍しさでじろじろ見てしまう。松竹座ビルの地下に入ってるレストランは、一般営業とは別に幕間の食事を受け付けているらしい。なかなかリーズナブルなものもあり、明日試すかと思いながら入場。ロビー両側には筋書き売りと役者さん方それぞれの応援会窓口(?)があり、正面にドーンとベルナール・ビュッフェの描いた『暫』が立っている。すんごい迫力。その脇には現・藤十郎が鴈治郎だった頃の『京鹿子娘道成寺』を演じた姿絵が静かに佇んでいる。足下に胡蝶蘭の鉢がずらり。なかなかに壮観だった。客席は3階からで、エスカレーターとエレベーターで登るが、エレベーターは高齢者の方等の一部の人向けだけに場内係員が案内していて好印象。2階の売店、喫茶どころを兼ねたロビーで弁当を購入し、3等席なので更に5階まで登った。

さて最初の演目は『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』だ。これは現・中村勘三郎丈の襲名披露で観ているが、途中つまらなくて気が遠くなりそうだった覚えがある。今回は大蔵卿に片岡仁左衛門、筋を運ぶ重要な吉岡鬼治郎に片岡愛之助、妻お京に片岡孝太郎。仁左衛門の作り阿呆、品格がありかわいらしく、惚れ惚れするようなおばかさんっぷり。本来の正気の大蔵卿はすっきりくっきりと筋の通った格好良さ。脇で團蔵、家橘がよく締めている。話のメリハリもあり、面白く観られた。愛之助も孝太郎も好演で良かったが、仁左衛門という役者の大きさを強く感じた芝居だった。

『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』は所化で藤十郎の孫・壱太郎が大奮闘。まだ声は細いがよく頑張っていた。親子三代揃い踏みで、藤十郎もやっと安心てとこだろうか。その藤十郎の白拍子花子は可憐の一言。どうしてこの人はこんなに可憐になれちゃうんだろう。さすがにお歳を寄ってきたので鞠つきは辛そうだったが、大筋においては、すごい体力、素晴らしい気力、技倆。途中に襲名披露口上が一言入った以外は通常通りに通しでの道成寺。美しかった。でも鐘に上がっての締めの型はちょっと迫力なかったかな。

『魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)』はこれまでと打って変わって江戸の臭いがぷんぷんと撒き散らされる世話物だ。尾上菊五郎の宗五郎、中村時蔵の妻お浜、孝太郎のおなぎ、磯部の殿様は翫雀で、好配役であった。以前にも何度か観ている演目だが、菊五郎の宗五郎は爽やかでいいやね。翫雀も貫禄あって、話をビシッと締めてくれた感じ。見終わって気持ちのいい仕上がりだった。

芝居の間で神戸から来ているTさんに声をかけていただき、なんと藤十郎の船乗りこみの時に友人の方が撮ったという生写真(プリントアウトでも「生写真」と言っていいのかな?)をいただいた。思いがけないお土産で嬉しい。更に美味しい日本酒一口とみかんを御馳走になり、慌ただしく御挨拶。感想を交わす暇もない。是非また何処かで一緒に観劇する機会があればと思う。

六月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年6月17日 23:11
  • 歌舞伎

五月が体調不良で歌舞伎座に足を運べず、なんだか久しぶりな気がする梅雨の東銀座。行きは曇天で蒸してはいたが雨はなし。帰りは降って来てしまったが、梅雨なんだから仕方ない。折り畳み傘は携帯しておくべきだな。

梅雨時の夜の部、幕開けは暗ーいお話、『暗闇の丑松(くらやみのうしまつ)』。これほど暗い芝居も珍しいよねってくらいの暗さだ。救いが全くない。芸達者な役者達のおかげで最後まで見ていられるが、見ていてやりきれなくなってくる。久しぶりに福助いい役者だよなーとしみじみ思った。

場内に漂う暗さと湿っぽさを払うべく『身替座禅(みがわりざぜん)』。仁左衛門の玉ノ井に菊五郎の右京で風格もありつつおかしみに溢れた楽しい芝居になっている。この演目は好き。何度観ても面白いが、演じる役者で可笑しさのポイントが違うのもまた面白い。勘九郎と三津五郎のも軽快で良かったが。

『二人夕霧(ににんゆうぎり)』は『廓文章』のパロディにあたる芝居。鑑賞がちと難しいかも。連れは寝てたが、途中で席を立って帰ってる人も結構いた。真ん中辺りでだらだらした芝居になってしまっていて、つまらなく感じられたせいだろう。パロディとは言え、元の話を知らない人も楽しめなければ芝居としては成り立たないと思うんだが、その点では失敗か。

四月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年4月22日 23:28
  • 歌舞伎

今月は六世中村歌右衛門五年祭。そして同時に歌右衛門の芸養子である東蔵の息子・玉太郎が六代目中村松江、その更に子供が五代目中村玉太郎に襲名するというおめでたい舞台でもある。

幕開けは『井伊大老(いいたいろう)』。1年半前の10月に幸四郎の井伊直弼、雀右衛門のお静で見ているが、あまり印象がない…特に後半の井伊直弼の苦悩の部分なんて、初めて見たかのようだった。吉右衛門の井伊直弼は大きさと深さ、暖かさがあって良い。対するお静の方は魁春だったが、これが素敵に可愛い女性で、惚れ惚れとしてしまった。「一期一会」の挨拶を残す仙英禅師には富十郎で、枯れた味わいが禅師にぴったり。雲の井の歌江が好演。

お次は『口上』で、五年祭の御挨拶と襲名披露。豪華な顔ぶれなのは当然だが、又五郎、雀右衛門から勘太郎、新しい玉太郎までの幅広い世代が並んでいるのは、珍しいのではないだろうか。

『時雨西行(しぐれさいぎょう)』は藤十郎と梅玉が静かに気高く舞い踊る。しかし、筋書きとかイヤホンガイドがないと、何をしてるか全く理解不能なのは困ったものだ。

最後は『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』。仁左衛門の福岡貢、時蔵のお紺、福助の万野は皆それぞれに素晴らしく、引き込まれて見入ってしまった。襲名の松江がいい男っぷりの今田万次郎で、その恋人のお岸が可愛らしくも美しい勘太郎で、いずれも脇をしっかりと支えるいい演技だった。それにしても勘太郎のここ数年での成長は目覚ましい。これだから歌舞伎を観続けるのは止められないね。

四谷怪談 北番

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年4月18日 23:57
  • 歌舞伎

面白かった。午後1時開演で3時間半の長丁場だったが、あっという間の舞台だった。

先月見た南番よりも、更にスパスパッと話は進んで行く。三角屋敷の場面を盛り込んでいるので小仏小平、直助権兵衛の存在が際立ち、それが話をわかり易くしている。キャストと演出がまた全く違う。扇雀のうまさを堪能。勘三郎の直助権兵衛もいい。勘三郎はお岩さんもだが、これは素晴らしい。二ヶ月通しでやっているので磨き込まれてきているせいか、色香のあるいい女だった。お袖の七之助は薄幸そうな感じがよく出ている。笹野高史は面白かったが、彼を含め伊藤家の人々は演出過剰な気がした。橋之助の伊右衛門は今回の方が良かったが、それが回数を重ねた故なのか演出の違いなのか不明。でも彼の癖のなさが活きていたように思う。隠亡堀の場面は人海戦術で流れを作るという変わったやり方だったが、奇妙だが非常に有効。波の方々にはお疲れさまだが。三角屋敷の後、短くまとめた幕切れは良かった。

今回、下座音楽は全て伝統的な歌舞伎のものを使わないというチャレンジがされていたようで、胡弓や電子音が多用されていたが、すごく合っている部分と過剰で邪魔かなという部分の落差が激しかったように思う。まあ好みもあるだろうけども。幕が開くまでの音楽は椎名林檎/東京事変で統一。終幕後の開場内BGMにも同様。これらは芝居の中身によく似合っていた。

途中、渋谷一帯で停電があったそうで、一時舞台の灯りが全て消え、客席が非常灯で明るく照らされるというハプニングがあった。場面としては伊藤家から帰った伊右衛門がお岩に無心して足蹴にするところ。かなり唐突に灯りが切り替わったが、客のほとんどは「何か変な気もするが、これも演出の内かな?」と思い舞台に集中しており、まったく中断することもなく無事に復帰した。実際、カーテンコールで勘三郎が言及したので初めて停電を知って、「演出だと思った」という声があちこちから上がったくらいだ。タイミングを計って徐々に灯りを戻したのだろうが、見事な技だ。コクーン歌舞伎は、素晴らしいスタッフに支えられているのだと、改めて知った出来事だった。

四谷怪談 南番

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年3月25日 23:52
  • 歌舞伎

12年目で7回目のコクーン歌舞伎。初回はちょうど海外逃亡中で行けず、2回目はチケット取りはぐれ、3回目は超多忙中で行けず…初コクーンが『夏祭浪花鑑』再演だった。もう12年、もう7回目。ほんっとーに月日の経つのは早いものだ。

で、今回は『四谷怪談』の再演である。記念すべきコクーン歌舞伎の初演がこいつで、その時は串田和美さんは芸術監督で演出はやってなかった。串田演出では初めてとなり、しかも南番と北番ではキャストも趣向も違うという懲りよう。楽しみなことこの上ない。今日は先ず南番だ。

午後5時開演、終了が8時過ぎ。最初の2時間はノンストップでお岩さんが死んで伊右衛門がお梅たちを殺すとこまで。舞台美術はいつも通りシンプルかつ効率的。灯りの使い方も効果的。しかし2時間でそこまで詰め込むと、ほんっとーに端折ったなあって感じになる。お岩さんが薬を飲んだり、髪梳をしたりってところはやはりたっぷりと見せるし、その分だけ他はとんとんとんっと流して行ったか。筋書きを知ってて見る分には面白かったけどな。

15分の休憩を挟んで、隠亡堀から大詰めまで。ここで本水が使われるため、前3列には水避けのためのポンチョが配られ、更には被り用のシートまで渡される念の入れよう。ちなみに本日のお席は前から3列目中央やや右手寄り。舞台が近い近い。そういうわけで、ポンチョ着て、シート持って観劇。隠亡堀では大して水も来なかったが、大詰めの立ち回りではバッシャバッシャやってくれて客席も大はしゃぎ。面白がらせていただいた後に、更に佐藤与茂七が出て来て一騎打ち。スローモーションから徐々にスピードを上げて早回しへ。紙吹雪が固まりで落ちて来る不思議な演出。幕切れとしては、歌舞伎ではよくあるけど、インパクトには欠ける終わり方のように思われる。

間で、舞台番として笹野高史と七之助が鼠とお岩さんの説明、扇雀と弥十郎が出て来て北番の説明と来年のNY公演決定のお知らせ。うーん、うまいなあ。まあ超人気公演だけに、特に北番はチケット売り切れ状態らしいんだけどもな。北番では、三角屋敷の場が入るので、お袖と直助の因縁話が見られる。これがある方が四谷怪談のどろどろっぷりは際立つので楽しみ。ま、見るのは来月だし、他の人の感想でもチラチラ見ながら待っていよう。

三月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年3月 5日 20:24
  • 歌舞伎

…まあ、行った以上は感想を書こうとは思っているのだけどもさ。一言で言って、
「金払ってゲネプロ見てんのかいっ!」
と言いたくなる部分がママあり。いくら芝居は初日から楽日に向けて進化・成長するのが常だとは言え、だ。久しぶりに上旬の観劇なのでそう感じるだけで、実は毎月そんなもんなのかな。毎月見てれば、こんな月もあるのかなーなんて…思えないね。

前日の深酒が祟り沈没したJ氏をおいて、まだ東京にいた前夜の客B氏を呼び出して歌舞伎座へ。「吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)」は見ず仕舞い。

「義経千本桜 吉野山(よしつねせんぼんざくら よしのやま)」には間に合うように到着。くねくねした静御前とごっつい忠信、よろけた藤太ってのは如何なもんだろう。しかもアンサンブル悪いし。

「菅原伝授手習鑑 道明寺(すがわらでんじゅてならいかがみ どうみょうじ)」は初めて見る演目。「寺子屋」とか「車引」はよく見るのだが、どういうわけだかこれには当たったことがない。上演記録を見る限り、ここ20年は仁左衛門のとこでしか上演されてなくて、しかもそうしょっちゅうはやらない芝居のようだ。ストーリーが面白く、仁左衛門の菅原道真、芝翫の覚寿、秀太郎の立田の前、孝太郎の刈谷姫はそれぞれ素晴らしい。しかしそこに脇で絡む役者がいけない。台詞がまるっきり入ってなくて後ろから台詞付けてもらってるのが三階席まで丸聞こえ。しかも入ってないのは台詞だけじゃなくて所作ものようで、間抜けなことこの上ない。出て来ただけで芝居ぶちこわしって、ある意味すごい?いくら初役でも、今日がすでに三日目であることを思えば、やる気がないとしか思えない。少なくとも他の商業演劇じゃありえないと思う。せっかく歌舞伎を観に足を運ぶ人が増えて、歌舞伎界全体にとっていい流れになっているというのに、そんな演技をする人が一人でもいると、またも「伝統芸能ってことにアグラをかいてる」と言われてしまうよ。あんまり観客を馬鹿にしない方がいいんじゃないだろうか。

二月大歌舞伎

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年2月11日 23:34
  • 歌舞伎

今月は久しぶりに静かな歌舞伎。誰の襲名もないし、追善もないし、安心して観ていられると言っては失礼か。それではつまらないという声も聞こえて来そうだが、あんまり毎月イベントものが続くと飽きるのだよ。

『梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)』。
幸四郎で観たのは初めてだが、台詞が聞き取りにくかった。他が口跡の明瞭な人ばかりだったので際立ってそう聞こえたのかもしれない。全体の流れも各お役の存在感も文句なしなのにもったいない。以前に観た時にも呑助は秀調だったが、もっとコミカルだったような…気のせいか?今日は哀しげな感じに演じられていた。

今月の眼目はなんと言っても『京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)』。白拍子花子の陰と陽を二人で踊り分けるという凝った作品だ。二年前に玉三郎が企画して菊之助と踊り好評だったものの再演だが、美しいことこの上ない。菊之助がいくら若手の中では飛び抜けて踊れるとは言え、玉三郎と絡むのはどうなのだろうと思っていたが杞憂であった。時に青白い炎のように、あるいは氷のように踊る玉三郎の硬質な美しさと、春の日溜まりのような菊之助の柔らかさが融合した舞台は、一瞬たりとも気を逸らす隙のない、良い意味での緊張感に溢れていた。眠気の忍び寄る暇もない。終わった後の客席は、良い舞台を観た後の華やいだ満足感に包まれていた。

最後は『人情噺小判一両(にんじょうばなしこばんいちりょう)』。菊五郎と吉右衛門は、うまい。話自体は実話をベースにしたそうだが、出来過ぎと言いたくなる筋だ。そんな風に見えてしまうことなく、人々の価値観の違いがもたらす悲劇を理屈っぽくなく見せられるのは、脚本だけでなく役者の力があってこそだろう。うまいなあと唸らされた一本であった。

壽 初春大歌舞伎・夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年2月 4日 23:05
  • 歌舞伎

いつの間にか二月。気がつけば先月の夜の部は感想も書かないままに過ぎていた。やばいー。面白くなかったわけじゃなくって、単に忙しくて疲れちゃっていたせい。反省しよう。

一月夜の部は『藤十郎の恋(とうじゅうろうのこい)』で幕開け。不倫の恋を演じるのに、実際に人妻へ道ならぬ恋を仕掛けてしまうというのは、いかにもありそうで怖い。そしてその顛末も。扇雀が初役だそうだが、良かったんじゃなかろうか。最後の最後、舞台へ出て行く前が胸に来た。

『口上』は京都の時よりあっさりしていたような。でも虎之介の初舞台挨拶もあって、壱太郎と並んで二人の孫が二人の息子と一緒に口上に連なった、というのは幸せな一家を構えているのだと思う。孫らもしっかり御挨拶できてたし。

そしてその虎之介初舞台は『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』での千松だ。御殿の場における重要登場人物をいきなり演じたわけだが、これが、文句なしの良さ。成駒屋の教育はよっぽどしっかりしているらしい。勿論、御大・坂田藤十郎は素晴らしかった。八汐の梅玉、栄御前の芝翫は貫禄。飯炊き(ままたき)の場面が普段見慣れているものと違った演出になっていたが、それでもあのシーンは眠いよーな気がする。床下の場面で幸四郎と吉右衛門が豪華共演。そこで終わられてもなー、ではあったが。

最後はおめでたのお賑やかしで、福助が『島の千歳(しまのせんざい)』、橋之助と染五郎が『関三奴(せきさんやっこ)』を踊って締めくくり。ま、無難かな。

壽 初春大歌舞伎・昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2006年1月14日 20:58
  • 歌舞伎

新しい年の歌舞伎座は、先月の南座に続く藤十郎の襲名披露からスタート。めでたげで良い。

最初に『鶴寿千歳(かくじゅせんざい)』。短いがめでたい舞踊。梅玉と時蔵。出がけにかかってきた電話のせいで間に合わず見られなかった。悔しい。

『夕霧名残の正月(ゆうぎりなごりのしょうがつ)』にはどうにか間に合った。しかしなんだか、京都南座で観た時と感じが違う。先月の